ノマド・スタディ考。 〜「いつでも・どこでも」学ぶことの陥穽とその対策②〜

3,「いつでも・どこでも」

「いつでも・どこでも・だれでも」学べる、というのは法政大学 通信教育学部のスローガンである。法政大学は1947年、日本にいて最初の遠隔通信教育を実施する大学となった。
「いつでも」というのは、仕事や家事の合間が含意されている。「どこでも」とは大学所在地でない場所(田舎でも島嶼部でも海外でも)でも学習ができる、ということである。「だれでも」とは入学資格があるものなら専業の学生ではない者でも学べる、という意味である。
この3要素のうち、「いつでも・どこでも」学ぶということを「ノマド・スタディ」と呼ぶことが出来る。机や学校でなくても「いつでも・どこでも」学ぶことを、ドゥルーズ/ガタリの「ノマド」を用いて「ノマド・スタディ」と読んでいく。
「いつでも」とは、ノマド・スタディの場合、24時間どこでも空いている時間に学べるということが示唆され、「どこでも」とは自宅でも通勤電車の中でも喫茶店でも布団の中でも学べるということである。特定の場所で学習をするということではなく、場所性が限りなく消えて行く中での学習である。

逆に考えれば、ノマド・スタディの場合、常に学習を行うことが想定される。その象徴が「スキマ時間の活用」だ。信号待ちや電車内などの貴重な「スキマ時間」を、怠惰に過ごすことは想定されていない。

現代ではインターネットを利用したクラウド・コンピューティングの技術をもとにしたノマド・スタディも多く存在する。しかし、こういった技術ができる以前から、学習者は「いつでも・どこでも」という学習を行ってきていた。

象徴的な例は、受験生がよく使う「単語カード」ないし「情報カード」である。和田(1994)において、分からない問題・覚えるべき内容はカードに転写し、常に持ち歩いて「暗記」してしまうことが想定されている。また高島(2007ほか)においても同様の指摘がある。学習において「スキマ時間」は開拓される対象なのである。常に学習する態度が要求される。中谷彰宏は『大人のためのスピード勉強術』において〈ペンを自分の身辺にばら蒔いておくこと〉をアドバイスする。それはアイデアが降ってきたときにすぐに書き留めるため、であった。これは学習とは少し異なる可能性があるが、広い意味の知的生産ということになる。
現在、各種自己啓発系ハウトゥ本において、学習法に関するものが多く存在する。「耳から」の学習、「大人のための勉強法」と、多く挙げていくことができる。いずれも「いつでも・どこでも」学ぶ態度が賞賛されるものとなっている。

ノマド・スタディ考。 〜「いつでも・どこでも」学ぶことの陥穽とその対策①〜

「ノマドというのはこの本の冒頭でも説明したように、昔は単なる「遊牧民」を意味していました。しかし社会がだんだん固定化され、産業革命を経て人々が工場労働などに携わるようになって自由な生き方が難しくなってくるにつれ、ノマドは別の意味を持つようになっていきました。つまりは自由の象徴、この圧政と隷従の社会からの闘争の象徴としてのノマドなのです」(223-224)
佐々木俊尚, 2009, 『仕事をするのにオフィスはいらない――ノマドワーキングのすすめ』光文社.

1,ノマド・スタディとは何か

「いつでも・どこでも」学べるという記述。この「いつでも・どこでも」という言葉は、ビジネス書における「ノマド・ワーキング」を思い起こさせる。ドゥルーズ/ガタリのリゾームのように、無限に拡散していくイメージの中で、場所性を超えた働き方のことこそ「ノマド・ワーキング」。このイメージでいくと、「いつでも・どこでも」学ぶということは「ノマド・スタディ」と言えるのではないか。本稿では「いつでも・どこでも」の学習を「ノマド・スタディ」と定義し、それが意味する内容の概念化の分析を試みたい。

2,ノマド・ワーキングとは何か

ノマド・スタディについて考えるにあたり、参照枠組みとしてノマド・ワーキングについて考察することにしよう。「ノマド」はドゥルーズ/ガタリが『千のプラトー』において用いた発想である。ツリー型の知・組織のあり方に対し、リゾーム型のあり方を提唱する際、リゾーム型の主体として想定されたものが「ノマド」である。
浅田(1983)もノマド型のあり方をネットワーク構造として析出している。一般化された「ノマド」の概念は黒川紀章がはじめ「ホモ・モーベンス」の概念を用いていたものを、黒川(1989)から使用し始めている。ノマド・ワーキングを謳う各種文献・雑誌から、ノマド・ワーキングの姿を析出することが本節の課題である。

中谷(2010)は佐々木(2009)を引きつつ、「働く場所を自由に選択する移動型の働き方」(中谷 2010: 6)としてノマドワーキングを定義する。具体的には「パソコン片手に街をオフィス代わりに働くというワークスタイル」(中谷 2010: 7)が想定されている。
「ノマドワーキングとは、仕事をする場所と、活動のフィールドを自分で自由に選択するという働き方です。無駄なストレスや時間の浪費をなくし、ネットワークを広げ、仕事の質を高める仕事術といえます。(…)ノマドワーキングは効率マニアの仕事術とは大きく異なります。仕事は、自分の会社の肩書きでオフィスにこもってやらなくてはいけないという常識を捨て、仲間とつながりながら楽しく仕事に向き合う手法なのです」(中谷 2010: 26)。

この「ノマド」という言葉に対し否定的な論者もいる。斉藤(1999)は「人びとは地域・階級・家族・国家など、みずからが帰属する伝統的な組織から根こぎにされ、ばらばらの個人として資本の蓄積過程へと動員されるようになるからである。この浮遊する個人は、もはやおのれのアイデンティティを伝統的な組織への帰属によってたしかめることができない。人びとは自力で自己のルーツをたどり、自己の喪失を自覚し、自己の存在を確かめるように強められる。二〇世紀の動員体制が生み出した最終的な帰結が、このようなノマド的個人であった」(斉藤 1999:255)。斉藤のみるノマド観は、「自由」というノマド・ワーキング論者のそれでなくデラシネ(根無し草)としてグローバリゼーションの世界の中で孤立する個人像であった。

ここまで見たのは「ノマド・ワーキング」への賛成・反対の声である。「いつでも・どこでも」働けることの利点を述べる中谷に対し、斉藤は「ばらばらの個人」に分けられてしまうことの問題点を指摘しているのである。この両者の立て分けは、これから見ていく「ノマド・スタディ」にも当てはまるのか否かを次で見ていく。

ビジネスに「行動観察」を!〜松波晴人『ビジネスマンのための「行動観察」入門』講談社現代新書 2011〜

これ、2013年に読んだ中で久々の当たり本(ある意味当り前)。

行動観察とは「経験を科学すること」(4ページ)。

たとえば、売上の上がらない銭湯。ビールの売上を、カンタンな工夫で59%上げる方法がある。

どうするか?

サウナのテレビの下に、ビールのポスターを貼ればいい(93)。

サウナでは皆、なんとなしにテレビを見る。

その下にビールのポスターがあると、思わず飲みたくなる。

行動観察は、人間の仕草・ふるまいを観察し、そこから新たなヒントを掴む手法なのである。

そのためには観察のほか、社会学や心理学などの知見を行うことが必要なのだ。

行動観察を生かしていくと、たとえば「できるセールスパーソン」のしゃべりや振る舞いを分析し、彼ら/彼女らがコミュニケーションの際に何を行なっているかが見えるようになる。

著者がまとめた「優秀な営業マンと普通の営業マンの違い」(132)はこんな感じ。

 ①優秀な営業マンは、お客さんとのファーストコンタクトを非常に大事にしている

②優秀な営業マンは、自分よりお客さんのほうが話す時間が長い

③優秀な営業マンはは、お客さんをよく観察して、個別のお客さんのニーズに合う提案をする

④優秀な営業マンは、お客さんに何か必ず親切なことをする(132)

他にも、行動観察をすることで、職場のトラブルや人々のコミュニケーションの問題がうまく解決していくことができる、という。

これ、私にとっては非常に「グッと来る」ものである。

社会学をやっていたため、フィールドワークも参与観察も、日常的にやっていた。

文章を書いたり、概念を分析したり。そんなことを常にやってきたので非常に親和性の高い手法である。

特にいいのは「現場」を大事にする点。

現場に行き、「走りながら考える」「考えながら走る」を実践し、

ビジネスに直で役立つ「ソリューション」を出していく(要は実学的、ということ)。

…というわけで2013年はこの手法を学び実践・応用するのを目標としたい、と思っている。

行動観察の鉄則。

 ①必ず現場に行って、人間の行動を観察すること 適切な解釈、よい問題解決法(ソリューション)を得るためには、実態を深く知らなければならない。

②根拠のあるソリューションを提案すること ソリューションは、単なる「勘」で出すのではなく、「こういうことが科学的にわかっているから、この実態はこう解釈される。なのでソリューションはこうしたほうがよい」と論理的に説明できなければならない。(13-14)

 

行動観察をする人間は、最初は現場のプロに学ぶ弟子なのだが、最後はそのノウハウを解き明かして他の人に伝える役割をすることになる。つまり、短期間に弟子から師匠にならなければならない。(85)

この本は隅々まで読み飛ばせないほど、いい「ネタ」に詰まっている。

例えばお金を渡す際に少し手が触れるほうがお客の満足度が上がるなど、「あ、そうだったんだ」という気付きが多かった。

…著者が元・プロ野球選手の古田に似てるなど、「どうでもいい」情報も多いけど。

 

大越俊夫『6000人を一瞬で変えたひと言②』サンマーク出版 2005年。

不登校の子どもと日常的に関わっている人は「言う内容」が他の人とは異なっている。

日常的に子どもと寄り添い、必要な支援をするため、小難しい理論は使用しない。

「励まし」を日常的に行なっており、ネガティブな発想になりがちな不登校生に元気を引き出している。

学校教員をやっている私のような人間にとって、もっともっとこういった人から学ばねば、と思っている。

『6000人を一瞬で変えたひと言②』の著者・大越俊夫もそんな一人。

神戸や広島・東京などで「師友塾」というフリースクールや通信制高校を行なっている人物。
(…まあ詳しく書いてしまうと私の勤務先のライバル校、ということになるんだけど)

フリースクールのスタッフは、学生ボランティアも含め「たくさん」いる。

でも、大越のように30年も続けられる人はそうはいない。

大部分の人は「生活」や「家族」、あるいは自分のメンタルを持ち崩し、辞めていく。

そんな意味で「同業者」として、尊敬をする。

「不登校して、私を訪ねてくる子どもたちが一瞬にして変われるのは、なぜか。
彼らが一瞬にして変わるのは、ほかでもない本来の「自分」に戻るからだ。
今まで不本意に、「別人」のような生き方を強いられていた彼らが、元の「自分」を見つけたとき、そこには一種、劇的な「変化」が起こる。「自分に戻る」という大変化が起こるのだ。
見も知らぬ「別人」になるのではない。不本意な「別人」から「自分」に帰るだけだから、きっかけさえつかめば一瞬にして変われる。
そして本来の自分に戻ったとき、身も心も安定する。はじめて安堵の表情を浮かべ、どんどん元気になっていく」(6)

「努力して運がつくわけではないが、その運は努力によってしか引き寄せられない。だから、理屈抜きに努力するしかない」(35)

「自分の夢が親に理解されるようになったら、「私もそんなに堕ちたか」と思いなさい」(45)

「人と比べないのは、自信があるからではない。
比べないから、自信が出てくるんだ」(49)

「理解で人は変われない。信じることでしか変われない。人を理解するとか、理解できないとかよく言うが、理解する力なんて、大したことではないのだ」(82)

「人は、人の役に立つことに出会った時にこそ、本当の出番を迎えるのだ」(88)

「発達障がいを持つお子さんと関わるための10の法則」

12月29日、株式会社WHYさんのスタジオで録画してもらいました。

「発達障がいをもつお子さんと関わるための10の法則」と題し、

私・藤本研一が、発達障がいを持つお子さんと関わる際のコツについて、お話させていただきました!

日本ノマド・エジュケーション協会、念願のe-ラーニング業界へ、殴りこみです!

photo のコピー

現役の教員の立場から、発達障がいを持つお子さんと関わる際の「コツ」や「ポイント」について、(おそらく)わかりやすくまとめた映像コンテンツです!

総時間約3時間。

発達障がいを持つお子さんと関わる「10の法則」についてを語らせていただきました。

年末にカンヅメで録画。なかなか刺激的な経験となりました!

 

1月上旬、リリースの予定です!

ぜひお買い求めください。

 

詳しい詳細は後ほど!

「取りたい資格」と東京大学教育学部物語。

来年を迎えるにあたり、私が「取りたい!」資格をあげてみよう。

簿記3級……日本ノマド・エジュケーション協会の経理をつけないと。

心理カウンセラー系の資格(学校心理士など)……ひとつくらいは持っていたい。

特別支援教育関係の資格(特別支援学校教諭免許状など)……LDやアスペルガーなど、「発達障がい」について資格をもっていると、発言力が高まりそう。

社会調査士……社会学を大学院でやっていながら「取りそこねた」資格。学校で授業をする際、私は「統計」ネタを大量に使うので、その扱い方に根拠が必要かな、と思うため。

…こうして見ると、私は資格を持たないで生きてきたんだなあ、と思う。

私が持っているのは運転免許証(AT限定)と教員免許のみ。

教員免許だけは大学院に行った関係上、通常の1種よりちょっと価値の高い「専修」になっている。

・中学校社会科「専修」

・高校地理歴史科「専修」

・高校公民科「専修」

でも、世の学生は大学を出た時点で、私の持たない資格を多く持っている者がいる。工業系の高校だと、「危険物取扱者免状」などを持っている。

私が職場で会う福祉系の人たちは、当り前のように「ケアマネージャー」や「ホームヘルパー」などの多くの資格を持っている。

そういうことを考えると、私は素直に資格を持っている人を「尊敬」する。

でも、まあ、いいか。

東大のエピソードがあるし。

30年ほど前、東京大学教育学部内ではちょっとした「騒動」があった。

東大教育学部付属の中学・高校の校長を決める際の問題である。

慣例では東大教育学部の教授から、校長が選ばれる。

しかし、東大教育学部の教授で「選ばれる」資格のある人たちは誰も「教員免許」を持っていなかった。

あれこれ議論した結果、東大教育学部から校長になるべき人に「特別に」教員免許状を発行し、事無きを得たという。

資格を持たない私のような人間にとって、この東大の話を聞くと少し安心する。

下手な資格よりも、実績と「力」を持っていれば資格を超越できる。

資格のための勉強の「虚しさ」は大学受験で経験した。

だから、「もういいかな」と思ってしまうのである。

「学校に間に合わない」の恐怖。

私が大学2年からはじめ、今年の4月から(ほぼ)ほったらかしのブログ、

IshidaHajime’s blog(https://nomad-edu.net/)。

最近確認すると、なにげにアクセスが多いです。

合計ページビューが5万を何気に超えていました。

その中でも一番人気が、「たま」の名曲「学校にまにあわない」を評論したこのページ。

https://nomad-edu.net/?p=275

「脱学校」論者の藤本研一の面目躍如!

まだお読みでないかたは、ぜひ!

 

「アンケート」に隠された、3つの法則

私が高校教員として職場で一番学んだのは、「振り返り」の大事さだ。

私の職場ではイベントでもなんでも、何かの後には「必ず」といっていいほど、「振り返り」を行う。

 

「振り返り」、すなわち「リフレクション」である。

端的に言って「アンケート」と述べることにしよう。

 

授業のレポートに「アンケート」的な「感想」欄があるほか、「学校祭」や何かの後も振り返りをする。

その点を日本ノマド・エジュケーション協会のイベントでも行うようになった。

 

その結果、見えてきた法則が3つある。




 

1,リフレクションをすると、イベントの内容が内面化される。

 

これはまあ、当り前。

学んだこと/目にしたことを書き留めると、記憶に残る。

アンケートを書くと、人間は嫌でも「言語化」する。
言語化することは、記憶に残すための第一歩だ。

 

人間、「読めない」英単語を覚えることは出来ない。

Newspaperという単語も、「ニュースペーパー」という読み方と、「新聞」という意味を聞いているからこそ記憶に残るのである。

 

何かを記憶に残すには、アンケートなり日記なりで「言語化」することで、自分のなかで情報が整理される。

アンケートは究極の記憶定着装置なのである(おおげさだけど)。

 

 

2,アンケートを書く/書いてもらうと、結果的にイベント自体が「よい」ものに美化される。

この2の部分,実は一番「アンケート」をやる意味なのじゃないか、と(密かに)私は思っている。

 

 

「今日のイベントはいかがでしたか?」の質問に対し、

「4 とてもよかった 3 よかった 2 悪かった 1 とても悪かった」と書いてあれば、大体の人は「4」を選ぶに決まっているのだ。

特に少人数のイベントの場合、大体の人は遠慮から「とてもよかった」に丸をしてくれる。

 

人間、自分の行動から逃れることは出来ない。

心では「ああ、このイベント、いまいちだったな」と思っていても、アンケートを手渡され、「感想」を書く段になると、「とてもよかった」に「うっかり」丸をしてしまうに決まっているのだ。

 

そうすると、来て下さった人に対しても「ああ、なんか良かった点もあるかも知れない」と「合理化」してくれる。

 

世の中の数あるイベントには、やはり数あるアンケートがある。

アンケートをやっていながら、「読まない」という主催者を、私は多く知っている(私は全て読んでいます)。

「読まない」アンケートも、実はアンケートを書いてくれる参加者に、「このイベント、良かったかもしれない」という「誤解」や「解釈」をもたらしてくれる側面がある。

主催者側にとって、アンケートに1つでも「悪かった」の丸があると、ガクッと来る。

 

 

しかし、大体は「とてもよかった」に「だけ」、丸がついている。

そうすると、世のイベント主催者たちは「俺たち、頑張ったぜ!」とアンケートを見ながらガッツポーズをするのである(たぶん)。

 

 

3,イベントという「贈与」への「反対給付」となる

 

授業とは、単に一方的に与えられる「贈与」である。

しかも、送られる「贈与」を「断る」ことは出来ない(やりにくい)。

 

いやいや聞かされている人にとって、この「贈与」の一方性は「暴力」である。

何かを相手に「返礼」する義務が生じるからだ。

 

 

 

…これがバタイユの言う「贈与」の発想(『呪われた部分』)。

人間、一方的に贈与されると、なにかお返しをする必要があるという、隠れたルールをまとめたものだ。

もうすぐ来る年賀状も、来た以上、大部分の人が「返事」を書く。

そして郵便局だけが儲かる。

 

 

…それはともかくとして、一方的な「贈与」は「反対給付」をする機会がなければ、人間、落ち着かない。

 

授業やイベントの「アンケート」欄は、この「反対給付」を行なってくれる効果がある。

 

 

 

私にはこんな経験がある。

演劇を見た後、何故か「何もやっていない」自分に対し、虚しさを感じることがある。

舞台の役者は汗ダラダラで、全力を尽くして我々に演技を「贈与」してくれている。

でも私は涼しい部屋でただ見るだけ。

おまけに私は基本的に演劇は一人で行くため、誰かと話して虚しさをごまかすことも出来ない。

そんなとき、「虚しさ」を解消するのが「アンケート」なのである。

 

 

自分も何かやりたい。
自分も何か騒ぎたい。

イベントのあとの高揚感は、向かう先がないとすぐに「虚しさ」と軽いうつ症状をもたらす。

そんな現代人の悲しさを解消してくれるのが、「アンケート」という文明の利器なのである。




2012年を振り返る〜私と、日本ノマド・エジュケーション協会と、日曜バー〜

思えばこの1年、大変「長く」、密度の濃いものでした。

1月。

今年の1月は自身初のイベントとしての「英語でアブストラクト講座」を開催。

大学院の友人に来てもらい、「知ってそうで知らない」英文で論文のアブストラクトをかくための実践的な講習を行いました。

2月。

調子に乗って「ボイストレーニングセミナー」と「iBooks Author使い方講座」を開催。

そんな途中に修士論文提出→修士論文口頭諮問→早稲田教育学会にて発表→日本通信教育学会の偉い先生方の前で修論発表。

非常に発表しっぱなしな期間を過ごしています。

さて、2月は早稲田大学教育会主催の「シチズンシップ教育」のシンポジウムに運営側として参加。

共催先との折衝など、「大人」の世界を勉強する好機となりました。

 

 

 

3月は早稲田教育学会などで発表。

住処を探すため札幌に行き、「シェアハウスって、良くない?」と思い、住むことを決定。

 

ここまでで3月。
並行しながら水道橋のコーワーキングスペースのインターンを最後までやっています。

4月。

はじめての札幌生活。

シェアハウスBUIE学園前に住み、シェアハウスの仲間に対しての「札幌の歴史」授業や「朝活」(すぐ挫折したけど…)の開催、映画祭と称してドキュメンタリーを見るイベントの開催もしました。

4月は「日本ノマド・エジュケーション協会」を設立。

ブログも新調しました。

札幌市の市民活動団体登録も行いました。

「日本ノマド・エジュケーション協会」専用の投函口が札幌市に作られました。

5月。

日本ノマド・エジュケーション協会第1回のイベント開催。

北海道大学学生を雇って「さっぽろ鳥見の会」という、バードウォッチングを開催。

初回にしてはまあまあな出来。

6月。

脱学校の社会』読書会もやりました。

リビングで皆がメシを食う中で「いのちの食べかた」を流し、賛否両論のコメントを頂いたのも記憶にあたらしいことです。

7月。

いろんなイベントに顔を出しまくった時期です。

いわば「学び手」意識をもう一度持ち始めた時期です。

個人的に思いのある「教育キラクガタリ」の札幌開催もこの時期です。

「教育キラクガタリ」、いま現在は「教育パワーランチ」に(結果的に)発展し、月1回行なっています。

 

さてさて、8月。

このあたりからイベントの「インフレーション」が始まります。

若者協力事業所Link Nextの田中さんとの「つながり」「りんくる 夏の特別講座」に、「現場教員」として授業を持たせてもらいました。

 

小学生の男の子への、「お金」と「仕事」の授業。

 

「ヤクザという仕事を言い換えてみよう」など、仕事の言い換えや「お金はありがとうの印」など、社会的(?)な授業になりました。

そのまま、【「逃げ」の哲学!】を開催。

現在における「実践的な」哲学としての「逃げの哲学」を、参加者と考えるというディスカッションイベントです。

そしてそのあと、東京遠征!

東京ではいろんな人に会いまくり、でした。

完成したスカイツリーを、隅田川沿いで見にも行きました。

たまたま、近くにいたホームレスのお爺さんと異常に仲良くなりました。

「隅田川の橋の下から見るスカイツリーが、いちばん綺麗なんだよ」。

心に残る思い出です。

私自身初となる、私が語る講演会「私立通信制高校のリアル」。

参加者20名近くの前で、私の仕事の「エスノグラフィー」を発表です。

 

あ、8月からCoworking Cafe 36でバーテンをやり始めました。

初回の「うどんナイト」は日曜バーの「定番」イベントとなりました。

ありがとう、中野さん。

 

9月。

 

通信教育制度研究会の北海道開催の場で、発表させていただきました。

昨年まで大学院にいた者として、研究者の先生方の前で発表させていただけるのは大変ありがたいことです。

「北大で発表してきたんですよ」と、生徒に自慢も出来ましたし、ね。

 

Link Nextさんとの第2回合同イベント「ワカモノ×他世代 居場所論!」。

こちらも参加者とともに「現在における居場所論」を検討する楽しいイベントです。

子ども×教育タベリバ」も、10月から毎月開催しています。

ありがとうございます、田中さん。

10月。

絵本ナイトの開催。

バーテン業務もようやく慣れてきた頃です。

11月。

東京から知り合いの建築家の方を招いての「夢が叶う! 部屋の間取りセミナー」を開催。

「部屋の間取りを変えると、夢がかなうんです」をテーマに、自分が元気になる間取りの法則を、講義してもらいました。

ちなみにこのセミナー、私の部屋の間取りを大幅に変えることになりました。

それまで「部屋なんて、身体をしまうコインロッカーにすぎない。」が持論の私の生き方を、大きく変えることになりました。

部屋に「いたくなる」間取りにすると、精神的にも安心感をもたらすものです。

 

北星大で頑張っている木下さんに、「寿司ナイト」を開催していただいたのも11月。

またやってほしいな、と思っています。

 

11月17日は日本通信教育学会での学会発表!

私立通信制高校のエスノグラフィー」として、

通信制高校の現状と可能性を大いに発表しました。

(学校のブログではこちら

早稲田「外」でのちゃんとした学会の発表は、今回が初。

デビューにしてはまあまあの発表でした。

 

翌11月18日は東京でのシンポジウムイベント「ちょっと変わった学校を知ろう!」を開催。

こちらは早稲田の後輩の伊庭くんとの共催です。

フリースクール、デモクラティックスクール、定時制高校、通信制高校という4者が、一堂に会する「ありそうでなかった」夢のシンポジウム!

早稲田時代の知り合い・友人を含め、40名を超えるご参加。

「めちゃくちゃ勉強になった」など、ありがたいコメント、頂きました☆彡

ご協力いただいたカタリバ大学の皆さま、会場提供などありがとうございます。

 

12月。

特筆すべきは「スープカレーナイト」でしょう。

スープカレー屋さんtom tom kikirさんの全面的な応援のもと、お店の味を器も含めてそのまま、Coworking Cafe 36まで持ってきてもらいました。

担当の菅原さんはシェアハウスで私の隣に住んでいる人。

徹夜明けながら、見事にスープカレーを提供してくれました。

この月は完全に任せっぱなしイベントである「気軽に!コーチング講座」と、私が久々に「学者モード」で行った「ケアリング読書会」も行いました。

…こうして見ると、まあ色々やったものです。

本業はきちんとやっていますし、本業の方でも「気合を入れて」やった企画・イベント、多々あります。 

来年はさらに「魂の振動数」をあげていき、日本ノマド・エジュケーション協会を「ノマド・エジュケーション株式会社」に発展させるのが目標です。

…というわけで、今年2012年、本当にありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。

 

札幌で社会人になって気づいたこと。

今年は社会人1年目。
いろんなことに気づきました。

1,何かと忘年会が連続すること。

2,「承知しました」と言えず「了解しました」としか言えない人があまりに多いこと。

3,残業時間が何時からかわからないということ。

4,賞与と給与は違うということ。

5,源泉徴収で恐ろしく持っていかれること。

6,日本学生支援機構の奨学金は返済を一切待ってくれないこと。

7,札幌人は雪に「感動」しないこと。

8,Facebookに職場関係者から友達申請が来た時、いろいろ困ること。

9,仕事と鬱病はかなり関係性が深いこと。

10,学生と違い、社会人のほうが気軽にイベントを企画できること。

今年ももう終わります。

今年1年は私の中では「壮大なおまけ」でした。
昨年の8月までは博士課程進学を考えていたため、
まさか2012年に高校教員をやっているとは思わなかったためです。

通信制高校のフィールドワークを行えた意味でも、
実りの多い1年でした。