四ッ谷地域センターに、子どもの書いた習字が飾られていた。
見ていて民主党を連想してしまった。
…それにしても「黒い天使」とはなんだろうか?
四ッ谷地域センターに、子どもの書いた習字が飾られていた。
見ていて民主党を連想してしまった。
…それにしても「黒い天使」とはなんだろうか?
単純明快。
明治大学の自販機。
ただ10円安くするくらいで大げさな広告。
120円取り続ける早稲田大学よりはマシだが…。
なぜか違和感を感じた中吊り広告である。
生徒や学生のいう「教科書」はただの本であることを越え、ひとつの変更不可能な「聖典」と認識されている。
教科書「で」教えるのでなく、教科書「を」教えると未だに認識されていることが多い。教科書「で」教えるとき教科書はテキストとなるが、教科書「を」教えるとき、教科書は変更不可能な聖典となるのである。
公務員になるために「エゴグラム」を使おう、という発想。
就職活動における自己分析なるものもそうだが、心理学的知見があまりにも安易に商業主義化されているように感じられる。
盆踊りについて、浄土寺という寺に貼られていたポスター。
盆踊りはもともと、時宗の念仏踊りに起源がある。それが時を経るうちに祖先供養的意味合いが付加されるようになった。
宗教にとって教義は最重要であるはずが、次第しだいに意味合いは変わっていく。
老人が「シルバーパワー」だという看板。
老人の力をもっと評価すべしとの言説のようだが、「役に立たないシルバー層」の存在価値を逆に認めない結果となる。
老人を人間存在として認めるのではなく、有益/無益で判断する危うさがこの看板にはあふれている。
例えば寝たきり老人は社会的に「無益」であると言えてしまうのが、この看板の言説の「危うさ」なのである。
毎度まいどのことながら、早稲田教会のポスターは面白い。
…次回はお休みなのかな?