中国

中国論がよく語られる昨今である。

私はいろんな中国論を聞くが、ひとつ重要な点を外した議論が多いと思う。

それは中国には日本の10倍人がいる、という点だ。
中国製品叩きはいま多い。しかし、日本の10倍人がいるのだから日本の10倍不良品が出ても、半ば当然といえるのでないか。

犯罪者が仮に日本の10倍いても当然である。人口が10倍違うのだから。

軍事もしかり。日本はかなりの軍事大国。それでも人口は中国の10分の1。なら中国が日本の10倍の軍事を持たぬかぎり、中国のみを軍事大国と批判することはルール違反のはずだ。
人口が10倍違うのだから、浮浪者も悪人も仮に10倍いて当たり前である。

むしろ逆の面も見るべきだ。人口が10倍違うということは、日本より10倍天才がでて当然である。経済規模が10倍になっても不思議はない。

人口の視点を、我々は発想の根幹に置かぬと、本質が見えなくなるかもしれぬ。

シャッター

川柳

白銀に 輝いてる街 シャッター街

→自分の実家をもとにした。

マッハ

部屋に寝そべり、目の高さから足元を撮る。あっという間にマッハのメモになる。

女性専用車両

いつ見てもヒヤッとするので、時間外に「女性専用車両」と貼るのをやめてもらいたい。

たれながし

「九州 源泉たれながし温泉」

なる本があった。

たとえ事実としても、たれながしという言葉はあらぬ誤解・別のイメージを誘発するので改めた方が良いと思う。

4分の1

この状態、世間的には4分の1という。誇大広告ではないのか。

歌と世評

歌は世評を示す。高度成長の頃、無責任一代男という歌が流行った。

いま、この歌にあった「楽して儲けるスタイル」という風潮は依然として残っている。「この世で大事なものは タイミングに調子いいことに無責任」とあげているが、現代はこれ以上に無思索で短絡的・刹那的な風潮になっていないか。

道楽

学生の出来る最高の道楽は学問である。いくら金をかけても終わりがない。

環境問題とウソ

「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」を読んだ。

「環境に良さそう」、とか「リサイクルしよう」等と言われると、ああそうなのか、と納得してしまう。しかし、この本は「その環境政策は本当に理にかなっているのか」ということまで問いかける。そしてリサイクルに7倍のエネルギーがかかることや「実はペットボトルは燃やされている」こと、全く問題のないことをさも大問題であるかのように示しているという事実を突き付ける。環境政策には利権がからみ、本来行うべき石油使用の削減や食糧自給率の向上よりも、危険性や緊急性の乏しいリサイクルやダイオキシン対策へ人を走らせてしまう。部分的真理でなく、本質的な真理にまで真理追究をもとめる重要性を感じる。

筆者はこのような現状の元凶はマスコミと政府や利権団体にある、と指摘。悲しいことに科学的知見よりも「本当のようなこと」に騙される国民の姿を明らかにしている。

以下は本文から、印象的な内容を示したもの。

環境対策も弱者切り捨てである。ゴミ分別が細かくなると、ゴミの日に出せないほど忙しい人や遠くのゴミ捨て場まで歩けないお年寄りは困惑することになる。
環境教育は、誰にリサイクルの利益がくるのか、はっきりさせず、お上の言いなりで行われている。