ishidahajime

Bourdieu, Pierre(1980):今村仁司・福井憲彦・塚原史・港道隆訳『実践感覚2』、みすず書房、1990。

 本書はアルカイック(本書を見る限り、前近代社会のことを指すと思われる)な社会を元にしたブルデューの理論書である。
 農村社会における男性-女性の仕事のアナロジーについての部分(117頁等)を見ていて、Ivan Illichの”Gender”や”Shadow work”を思い起こした。また128頁の「農業年と神話年」の表なども、Illichの図式を思い起こす内容となっていた。要はIllichもBourdieuもレヴィ-ストロースの研究を受け継ぐ形で理論構築を行っているため、当然と言えばそうである。
 『実践感覚1』より読みにくいが、文化人類学が好きならこっちのほうが具体論が多くて興味深く読める(だろうと思う)。

「伝統に則って相続される家産相続分と、結婚の際に支払われる補償とは、同一のものにほかならないのであるから、所有地の価値こそがアド(adot=これは、贈与をなす、持参金を与えるという意味のadoutàに由来する)の額を命じているのである」(7)

「換言すれば、経済的必要性によって押しつけられる結婚すべてのうち、十全に承認される結合とは、文化的恣意によって男有利に樹立された非対称性が、夫婦間での経済的・社会的状態においても男有利であるような非対称性によって倍加されているもののみだ、ということである。アドの額があがればあがるほど、付随的に夫の位置もいっそう補強されることになる」(20)

「こうして次男以下は、こういう表現が許されるとすれば、構造的犠牲なのである。すなわち、集合的実体にして経済的単位である「家」、経済的統一性によって定義される集合的実体としての「家」を、実に多くの保護措置によって取り囲んでいる体系の、社会的に指定された、したがって忍従する以外にはない、犠牲だったのである」(26)

「ハビトゥスは、自らが再生産する構造の産物であるがゆえに、そして、より正確に言えば、ハビトゥスは、確立された秩序とその秩序の守り手の命令に対する、すなわち先人たちに対する「自発的」従属を内包しているからこそなのである。相続戦略、育児戦略、さらには教育戦略、つまりは、相続した権力と特権を維持しつつ、あるいは増大させつつ次代に伝えるために集団全体が採用する生物学的再生産諸戦略の全体から、切り離すことのできない結婚戦略は、打算的な理由を原理にしているのでもなければ、経済的必要性からくる機械的決定を原理にしているのでもない。そうではなく、存在諸条件によって教え込まれた心的傾向、いわば社会的に構成された本能こそが原理なのであり、それが、特殊な形式の経済の客観的に計算しうる必要性を、義務の不可避的必然として、ないしは感情の不可抗的な呼びかけとして生きるよう、しむけているのである」(30)

「コード化された知およびそのような形で伝承される知の中にみられるハビトゥス図式の客観化は、実践領域によって大変異なる。格言・禁令・諺・極度に規則ずくめの儀礼の相対頻度は、農業活動と関連する、あるいはそれと直接的に結びついた諸実践—機織り、製陶、料理—から労働日の区分あるいは人生の節目へと移るにつれて漸減する」(100)

・アルカイック社会の男-女のアナロジー(あるいはIllich的に言う本源的な意味でのジェンダー)

「再生産とは、生活の実質にして生計維持のことであり、豊穣にされた大地と女性、つまり致命的な不毛性―これは女性原理の不毛性であって、それを放置すれば致命的不毛性を現出する―から免れた大地と女性のことである」(119)

「優れて文化的行為とは、分離され境界線を引かれた空間を産出する線を引く行為である」(115)
「全く社会的な力の、純粋に魔術的な性格は、刀や魔法の結び目程度には魔術的な境界や絆(結婚)によって個人や集団を切り離したり、結合したり、あるいは、事物(デザイナーのブランドのように)や人物(学歴のように)の社会的価値を変動させたりしながら、社会的な世界だけに働きかける場合でも、やはりそれとなく現れるものだ」(163)

・「ランプは、ふつう男性の象徴である」(168)

「すべては、実践が二つの使用法の間でためらっていることを示している。同じものが、女性や男性的な雨を呼ぶ大地のように、水をかけられることを要求するものでもあり、また、天上の雨のように、それ自体が水をかけるものでもある。事実、実践にとって、最良の解釈者たちにつきまとってきた区別は重要性をもたない」(199)
→こういう部分に、イリイチのジェンダー論を思い出す。

「別の言い方をすれば、システムを構成するすべての対立は、その他のあらゆる対立と、だが多かれ少なかれ長い道程を経て(可逆的なことも不可逆的なこともあるが)、つまり関係からその内容をしだいに取り除く等価性の連続の果てに、結びつく。そればかりではない。あらゆる対立は、異なる意味と強度の関係を通じて、様々な点で別の対立と結びつくことができる」(208)
→左手と右手、女性と男性の対比などを指して言っている。ブルデューは本書で二元論的図式の乗り越えを図っているのである。

「以上のことから分かるように、食う・眠る・子孫を作る・出産するといったあらゆる生物学的活動は外部世界から遠ざけられ(「牝鶏は市場では卵を産まない」と言われる)、内輪の避難所や家という自然―自然の管理に委ねられ公共生活から排除された女の世界―の秘め事の中に追放されている」(220)

「このように、女たちの家と男たちの会議、私生活と公共生活、あるいはこう言ってよければ、真昼の光と夜の秘め事との対立は、家の低い・暗い・夜の部分と高い・高貴の・光に満ちた部分の対立とぴったりと重なる。言い換えれば、外部世界と家との間に設定される対立は、この関係の一項—すなわち家自体―がそれを他項と対立させる同じ原理によって分割されていることが知られてはじめて、その完全な意味を明らかにする。男が女と、昼が夜と、火が水と対立するように、外部世界が家と対立すると言うのは、正しいと同時に間違ってもいる。というのは、これらの対立のうちの第二項はその都度それ自身とその対立物に分割されるからである」(221)

●訳者あとがき(今村仁司)より

「『実践感覚』は、材料としてはアルカイックな社会を取り上げている。同じ理論構図をもって現代の複雑社会を材料にし」「実行してみせたのが『ディスタンクシオン』である」(265)
「ブルデュは、『実践感覚』と『ディスタンクシオン』の両書をもって、人間社会を汎通的に分析しうる社会学的視座を設定したと言えるだろう」(266)

映画『平成ジレンマ』

 さいきん、小説が読めなくなってきた。まどろっこしい人間関係を頭にいれ、なおかつ作品のメッセージを読み取る。あるいは世界観を楽しむ。それが面倒になってきた。
 同様に、映画も見れなくなってきた。物語がある映画に入り込めなくなった。しかし、ドキュメンタリー映画は面白い。同様にノンフィクション小説も。字t実を知るほうが面白く感じるようになってきた(『僕らの頭脳の鍛え方』における立花隆の立場だ)。
 そんなわけで先日、ドキュメンタリー映画『平成ジレンマ』をポレポレ東中野で観た。「悪名高い」戸塚ヨットスクールの「現在」のドキュメンタリー。
 校長の戸塚宏氏は「体罰」による教育効果を語る人物。「脳幹論」をもとに教育論を構築する。
 戸塚の視点は子どもは人格が出来ていないため、「体罰」を使い人格を向上する、と語る。映画冒頭に戸塚はこういう。「進歩を目的とした有形力の行使」が体罰である、体罰・いじめによる「恥」が人間を進歩させる、と。教育学徒として、違和感のある書き方だが、それは昨今の教育学の前提が子どもの「人格」の尊重にあるためである。子どもの「人格」の未完成性を指摘するのが戸塚であるのに対し、子どもの「人格」ならではの可能性を見るのが教育学者である(「子どもの作品は素晴らしい」などの言説)。
 全体的に見て、戸塚ヨットスクールは「悪」「体罰」の代名詞となっている現状への批判が本作品のテーマであるように思えた。マスメディアは戸塚ヨットスクールを「悪」であるようにいうが、内実をまったく見ていないのではないか。「認識せずして評価するなかれ」のテーゼの重要性を感じた。
 本作品を通じ、非常に勉強になったのは戸塚の示す「近代的主体」としてのあり方だ。周りが何といおうと、自分は自分の信じる「正義」を行使する。まわりがヒール(悪者)呼ばわりするなら、それもよかろう、自分は自分のやり方で日本の教育を少しでもよくしてやるのだ。それが「本当はやりたくない」(映画内での戸塚の言葉)ことであっても。そういう「熱さ」に感銘を受ける作品だった。
 以前、筆者は現代の日本は「一億総教育評論家社会」と書いたことがあるが、評論するだけでは教育は変わらない(教育学を研究する者の「無力さ」もこの辺にある)。であれば、たとえある者に「ヒール」と言われようとも「ありうべき」教育のバリエーションを増やす実践をする人物に対し、何らかのエールを送る必要があると思えてくる。
 しかし、「戸塚ヨットスクールの、現在」(映画宣伝ビラより)を映したものであると言いながら、本作品で述べられていない部分の存在が気になった。間もなく選挙を迎える石原慎太郎氏の存在だ。出所後の戸塚に対し、ヨットスクール再建を応援している人々が存在している。戸塚ヨットスクールをめぐる支援者の状況を示さないことには、「戸塚ヨットスクールの、現在」を呈示することにはならないのではないかと考えられる。

分業論

「分業」は、社会思想家においては普遍的なテーマであったのかもしれない。アダム・スミスの『国富論』は「分業」から始まっている。分業がないならば「精いっぱい働いても、おそらく一日に一本のピンを造ることも容易ではないだろうし、二〇本を造ることなどはまちがいなくできないだろう」(岩波文庫『国富論(1)』24頁)。しかし分業を行うならば「一〇人は、自分たちで一日に四万八〇〇〇本以上のピンを造ることができ」(同25)る。一人当たりで計算すると「一日に四八〇〇本のピンを造るものと考えていいだろう」(25)といってまとめている。
 また次の記述もある。「労働の生産力の最大の改良と、それがどこかにむけられたり、適用されたりするさいの熟練、腕前、判断力の大部分は、分業の結果であったように思われる」(23)

 スミスの場合、分業を肯定していた。それにより各人の貯えを高めることができるからだ。この分業肯定論に対し、マルクスは批判をする。そのときのキーワードが「疎外」労働論であった。資本主義による分業の結果、人々は人間的でない労働をさせられるようになった。その点をマルクスは批判したのだった。

 テンニースのゲマインシャフト/ゲゼルシャフトの分離も、地縁・血縁をもとにする「分業」か、目的性をもとにする「分業」かという読み直しをすることもできる。

 ジンメルは32歳の作品『社会的分化論』(1890)のなかで社会の「分化」(分業とも読み取れる)の結果、社会圏が拡大する旨を述べている。またその「分化」につきまとう社会的相互作用(あるいは心的相互作用)により社会が成立すると言う件を述べている。

 デュルケムは『社会分業論』において機械的分業から有機的分業に「分業」が切り替わって行くことを述べている。

 このように、分業をどのようにとらえるかによって社会思想家ごとの違いが浮かび上がってくるように思われる。 
 

『蛍雪時代』1947-1948年を読む。

『蛍雪時代』の「宗教と理性の問題」(1947年12月号2-3頁)が掲載され、受験色というよりは学問的内容も含まれている。そのため、投書欄にも「私は中学生でもなければ勿論女学生でもない。かつての軍需工場の一職工であり、いまさら本誌を見る年令でもないかもしれない」が「文化国の一員としても、自身のためにも学問の必要は勿論感じていたがどうしても実行する気になれず、たゝ”なりゆきにまかせて味気ない家業に機械的に従っているのみだった」(原文は旧字体)との内容がある(1947年7月号57頁「私と蛍雪時代」新潟県 松岡昭三)。「しかし頁を開き目次を見ていささか期待が外れた。私は蛍雪というからには独学指導誌かと思っていたからである」と述べ、「独学指導誌」でなかったけれども本誌に「私の魂をゆさぶるものがあった」、とまとめられている。
 
 原文は以下の通り。

 私は中學生でもなければ勿論女學生でもない。かつての軍需工場の一職工であり、いまさら本誌を見る年令でもないかもしれない。
 工場にあつた頃、仕事の必要にせまられて少しは勉強もしたが、國へ歸つてからはとんと縁が切れてゐた。文化國の一員としても、自身のためにも學問の必要は勿論感じてゐたがどうしても實行する氣になれず、ただなりゆきにまかせて味氣ない家業に機械的に從つてゐるのみだつた。思へば愚かな月日ではある。
 しかし機會は來た。偶々新聞で「螢雪時代」と云ふ雜誌の存在を知り、内容も知らず何でも買つてみろと云ふ氣で注文した。屆いた「螢雪時代」を手にした時、いつも貧弱なものばかり見慣れてゐた目には意外の感があつた。しかし頁を開き目次を見て聊か期待が外れた。私は螢雪と云ふからには獨學指導誌かと思つてゐたからである。
 むさぼるやうに讀み終つて私ははつとためいきをついた。自分が手段として考へてゐた勉強と、本當の學問との隔りに就いてである。そしてじかに私の魂をゆさぶるものがあつたことは忘れることができない。今のところこれ以上の批判をする氣はない。しかし中學生諸君が螢雪時代からはなれられない所以は單なる學習記事ばかりでなく、心の目を開いてくれる何ものかがあるのによるのであらう。
 私はまだ中學生諸君にも及ばない。從つて螢雪時代に親しむ生活はあと何年續くかも知れない。
(1947年7月號57頁「私と螢雪時代」新潟縣 松岡昭三)

 『蛍雪時代』は受験雑誌としての機能以外に、学問に志す人々の公共圏という意味もあった。それは他の投稿頁にも文化国家建設への期待が述べられていることからも読み取ることができる。

 

アダム・スミス(1776):水田洋監訳・杉山忠平訳『国富論(1)』、岩波書店、2000。

 アダム・スミスの『国富論』は「分業」から始まっている。分業がないならば「精いっぱい働いても、おそらく一日に一本のピンを造ることも容易ではないだろうし、二〇本を造ることなどはまちがいなくできないだろう」(岩波文庫『国富論(1)』24頁)。しかし分業を行うならば「一〇人は、自分たちで一日に四万八〇〇〇本以上のピンを造ることができ」(同25)る。一人当たりで計算すると「一日に四八〇〇本のピンを造るものと考えていいだろう」(25)といってまとめている。
 また次の記述もある。「労働の生産力の最大の改良と、それがどこかにむけられたり、適用されたりするさいの熟練、腕前、判断力の大部分は、分業の結果であったように思われる」(23)

 スミスの場合、分業を肯定していた。それにより各人の貯えを高めることができるからだ。この分業肯定論に対し、マルクスは批判をする。そのときのキーワードが「疎外」労働論であった。資本主義による分業の結果、人々は人間的でない労働をさせられるようになった。その点をマルクスは批判したのだった。

 以下は抜粋である。

 「社会が進歩するにつれて学問や思索が、他のどの職業とも同じく、特定階層の市民たちの主要あるいは唯一の仕事となり職業となる」(33)
→社会の再帰化・高度化の結果、「考える」職業が要求されるようになる。

●「いったん分業が完全に確立してしまうと、人が自分自身の労働の生産物で充足できるのは、彼の欲求のうちのきわめてわずかな部分にすぎない。彼がその欲求の圧倒的大部分を充足するのは、彼自身の労働の生産物のうちで彼自身の消費を超える余剰部分を、他人の労働の生産物のうちで彼が必要とする部分と交換することによってである」(51)
→分業が発展すると、自分1人だけで生活するのは困難になる。誰かの労働に頼らずに生きては行けなくなる。素朴であるが「分業」論の古典的記述である。(いまMacBookが打てるのも、アップル社と部品を作る工場労働者の労働のお陰である)

 「注意すべきは、価値という言葉に二つのことなる意味があり、ときにはある特定の物の効用を表わし、ときにはその物の所有がもたらす他の品物を購買する力を表わすということである。一方は「使用価値」、他方は「交換価値」と呼んでいいだろう」(60)
→このあたりがマルクスに影響を与えていると言える。

コメント
・スミスは地主・労働者・資本家の「三つのことなる階層の人びと」(431)が「あらゆる文明社会を本来的に構成する三大階層であって、他のどの階層の収入も彼らの収入から究極的には引き出されるのである」(431-432)と述べる。そうして、資本家の身勝手が公共の利益を放棄させることがあると危険性を述べている。資本主義の勃興期に、すでに資本家の危険性が指摘されていたことを考えると、スミスはやはりただ者ではない、と思えてくる。

Bourdieu, Pierre(1980):今村仁司・港道隆訳『実践感覚1』、みすず書房、1988。

 ブルデューは本書でプラチックとハビトゥスについてを論じる。主客二元論を乗り越え、(「自分自身に透明な意識能作か、さもなくば外在性において決定される事物かしか知ろうとしない二元論の見方に、行為の現実的論理を対立させなければならない」(90))主観―客観のリンクを行うものとしての実践pratiqueを扱ったのが本書であるとどこかで聞いたので、それを確認しつつ読んでいきたいと考えている
(https://www.msz.co.jp/book/detail/04995.htmlによると、レヴィ=ストロースの構造論的客観主義とサルトルの現象学的主観主義を批判し、両者の乗り越えを目指した内容であるとのことだ)。
 行為の原因は一体どこにあるのかも本書のテーマである。それをブルデューはハビトゥスに置いている。何が良くて何が悪いかを評価づけるのも、ハビトゥスであり、それが卓越性(ディスタンクシオン)の認識にもつながっていく。
 本書では現象学・構造主義を批判し、理論の精緻化を行っている。

「客観的と称され、距離と外部性を含む対象との関係は、全く実践的な仕方で実践的関係と矛盾する」(55)

「客観的構造とそれぞれの実践の中で働く肉体化された構造との弁証法を知らないと必ず規範的な二者択一に閉じ込められてしまうものだ。この二者択一は社会思想史の中でたえず新しい形態を帯びて再生してくるものだが、このために現在マルクスを構造主義的に読む人びとに見られるように、主観主義に対抗しようとする人びとは社会法則のフェティシズムに否応なく陥ってしまうのである」(63-64)

「客観主義が科学の対象に対する学問的関係を普遍化するのと同じく、主観主義は学問的言説の主体が自己自身を主体として構成する経験を普遍化するということである」(71)

・経済人モデルへの批判(79)

「生存のための諸条件のうちで或る特殊な集合(クラス)に結びついた様々な条件づけがハビトゥスを生産する。ハビトゥスとは、持続性をもち移調が可能な心的諸傾向のシステムであり、構造化する構造として、つまり実践と表象の産出・組織の原理として機能する素性をもった構造化された構造である。そこでは実践と表象とは、それらが向かう目標に客観的に適応させられうるが、ただし目的の意識的な志向や、当の目的に達するために必要な操作を明白な形で会得していることを前提してはいない。実践と表象はまた、客観的に「調整を受け」「規則的で」ありうるが、いかなる点でも規則への従属の産物ではない。さらに、同時に、集合的にオーケストラ編成されながらも、オーケストラ指揮者の組織行動の産物ではない」(83-84)

「自分自身に透明な意識能作か、さもなくば外在性において決定される事物かしか知ろうとしない二元論の見方に、行為の現実的論理を対立させなければならない。行為こそが身体における客観化と制度における客観化という歴史の二つの客観化を、同じことだが、客観化された資本と体内化された資本(藤本注 一般的には「身体化された資本」と言われる)という資本の二状態を対面させるのだが、この二つによってこそ必然性と、それがもつ差し迫った事柄に対して距離が設けられるのである」(90)

「規則に適った即興によって持続的に組み立てられる産出原理であるハビトゥスは、実践感覚として、制度の中に客観化されている意味感覚の再活性化を行う。ハビトゥスは、客観的な諸構造がそうである集合的歴史の所産が、その機能の条件たる持続的で調整された心的傾向という形での自己再生産に達するために必要な我有化および教化の労働の産物であるが、それは体内化に対して自らの特殊な論理を課す特殊な歴史の流れの中で自己構成する。またハビトゥスを介して行為者たちは制度へと客観化された歴史の性質を帯びることになる。そしてこのハビトゥスこそ、制度にひとが住まい、制度を実践の中で我が物とし、またそこからして、制度を活動状態に、生ける強力な状態に保ち、制度を死せる文字、死語の状態からたえず引き離し、そこに沈澱せる意味感覚を蘇らせるのを可能にする当のものに他ならない」(91)

「実践感覚と客観的意味との合致がもたらす根本的な効果のひとつは、常識の世界の生産にある。この世界が示す直接の自明性は、実践と世界との意味感覚に関してコンセンサスが保障する客観性によって倍加する」(92)

「すなわちハビトゥスこそ、主観的意図を伴わない客観的意味がもたらすパラドクスの解決策を含んでいるのである。すなわちハビトゥスは、真の戦略的意図の産物ではないにもかかわらず―もしそうなら、少なくとも、次にいう連鎖が他にも可能な数ある戦略のうちの一つだと把握されていることを前提することになる―戦略であるかのように客観的に組織されるゲームの「一手々々」からなるあの連鎖の本源にある」(99)
→人が無自覚的に何かを行ってしまうことがあるのはなぜだろう。「主観的意図を伴わない」行為でありながら、どこにも客観的意図があったように思えない場合、ブルデューは「ハビトゥス」の存在を元に説明を行う。

「ハビトゥスが行なうこの種の疑似的な未来予測における過去の現前」(100)

「象徴資本は、場の機能の論理がそれ自体としては依然として錯認されることを通してのみ実現されうるからである。ひとがこの魔術的円環に入るのは意志の瞬間的決断によってではなく、ただ単に生誕によってあるいは第二の生誕に等しい新人選択と加入儀礼のゆっくりした過程によるのである」(108-109)

●「暗黙裡の教育は、「まっすぐに立て」あるいは「ナイフを左手で持つな」といった取るに足りない命令を通してコスモロジー、倫理、形而上学、政治を教え込み、身体や言葉の上での行儀・態度・作法の見たところごくささやかな細部にまで、自覚や弁明を必要としない文化的恣意性の根本原理を刻み込むことができる」「教育的理性の狡智はまさに取るに足らぬことを要求するという見せかけの下に本質的なことを奪い取ることにあ(内容確認のこと!)

「身体的ヘクシス[慣習的行為]は現実化され身体化された政治神話であり、振舞う・語る・歩く、そしてそれを通して感ずる・考えることの永続的性向や持続的作法となった神話である」(112)

「身体によって学ばれるものは、人が自由にできる知のように所有する何ものかではなくて、人格と一体となった何ものかである。このことは無文字社会の中で特に見られる。そこでは伝承知は身体化された状態でのみ生きつづけることができるからである。知はそれを運ぶ身体から決して分離されず、特別に知を呼び起こす一種の身体訓練による以外には再構成できない」(117-118)

「要するに、論理がどこにでもありうるのは、真の意味ではどこにもないからだ」(142)

「暗にとどまる実践上の妥当性の原理である「何が問題なのか」(ce don’t il s’agit)との相関においてこそ、実践感覚は、ある特定の物や行為を、物や行為のある特定の相を「選択する」のである」(146)

「思考の労働を思考する思考労働である論理学とは反対に、実践は形式への関心を一切排除する。行為自身への反省的な回顧がなされても、それが到来する時には(つまり、自動運動が失敗する時にはほとんどいつも)結果の追求に従属し、費した努力の収益を最高に引き上げようとする(そのもとしては、必ずしも知覚されない)探究に従属したままである」(150)

「教え込みという教育活動は、言説の中に(とりわけ、社会化の失敗を予防したり罰したりする法の中に)あるいは他の何らかの象徴的支柱(象徴または儀礼的道具など)の中に常に最小限の客観化を伴う制度化とともに、実践的図式を明確な規範へと定式化し構成する特権的な機会のひとつである」(170-171)

「ハビトゥスは、それが承認されるあらゆる表現を自発的に承認する傾向がある。なぜならハビトゥスは自発的にそうした表現を産み出しがちであるからだ。そしてとりわけハビトゥスは最も適切なハビトゥスのあらゆる模範的産物を承認するだろう。これらの産物は、相継ぐ諸世代のハビトゥスによって選択され保存されるし、内在的力によって客観化され、ハビトゥスの公的に権威づけられた現実化に付着する権威を与えられる」(179-180)

「システムの機能はハビトゥスの組織化(orchestration)を想定するのである。というのは、仲裁決定は「断罪された」側の同意なしには実行できないからであり(そうしないと原告は力の行使に訴える他はない)、決定は「公平感覚」に見合っており、「名誉感覚」によって認められる形態に従って強制される場合にのみ受け容れられる見込みがあるからだ」(182)

「しかし資本が十分に現実化する条件は学校教育制度の出現であって、この制度は文化資本の分配構造の中で占める位置を持続的な仕方で承認する資格を授与する」(207)

「贈与交換をパラダイムとする社会的錬金術の基本操作はどんな種類の資本をも象徴資本に変換することであり、それをその所有者の本性に根差した正統な所有へ変換することであるが、このような操作は常にある労働形式、時間・貨幣・エネルギーの眼に見えない(しかし必ずしも誇示的でない)蕩尽を要する。これは配分の承認を確保するために必要なひとつの再配分であって、受け取る者が分配上より適切な位置にあって贈与する能力のある者に認める承認の形式、価値の承認でもある負債の承認の形式をとる」(214-215)

「確立した秩序、およびその基礎をなす資本の分配は、それらが存在しているそのことによって、つまりそれらが公けに正式に肯定され、したがって(誤)認識され承認される時から及ぼす象徴的な効果によって自分自身の存続に貢献する。それゆえ、この秩序と資本分配が、それが社会的存在の客観性そのものにおいて認識(誤認と言うべきか)の対象であるという事実に負っているもの一切を取り逃がすことなしには、社会科学は、デュルケームの準則に追随して「社会事象を物として取り扱う」ことなどできないのだ」(222)

「ハビトゥスが備えているカテゴリーに従ってハビトゥスが知覚する表現である諸々の属性は、所有権獲得のための差異を持った能力を、つまり資本と社会権力を象徴化する。そして区別の正または負の利潤を保証する象徴資本として機能する」(232)

コメント
・私は悪筆だが、癖のある字で私が文字を書いてしまう(実践)理由はどこにあるのかと言えば、私の持つハビトゥスにあるということができる。私の父も同じような書き方をしていたことが思い返される(生きてるけど)。この場合、私の書字プラチックは私のハビトゥスによって産出されたということができるのだろうか。
・プラチックの再構成を図ることで、抵抗戦略が可能になると読み取ってもよいのだろうか。
・先輩から聞いた話ももとにしているが、日本においてブルデューのハビトゥス論は『再生産』『ディスタンクシオン』の流れの階級の再生産論としてのみ受け止められている傾向がある。そうではなく、ブルデューは本来、主-客の二元論の乗り越えとしてハビトゥス/界や行為の理論を構築するのを狙いとしているのであり、あくまでその一例の「適用」が『再生産』『ディスタンクシオン』なのである。おそらくアップルらの批判的教育学の流れでブルデューが日本に受容されてきたことが原因なのではないか、と考えられる。

Simmel, Georg(1890):石川晃弘・鈴木春男訳「社会的分化論 社会学的・心理学的研究」、『世界の名著47 デュルケーム ジンメル』中央公論社、1968。

 ジンメル32歳の作品。

 解説から、ジンメルの本書での言及として次の部分があった。

「集団の社会的水準の平均化は、原始的な段階では、低いものを高めることによって可能とされるが、進化した段階では、逆に高いものを低いところに引き下げることによって実現される」(45)

 個々人で会うと徳が高い人物であっても、集団になると途端に低俗な話をし始める。これはいかなることなのだろうか。それは平均化と平等が理由であるという。

 以下は抜粋。

「あらゆる対象について、それらが少なくとも相対的に客観的な単一体であるといえるのは、それらの各部分に相互作用が存在したときのみである」(392)
→人びとの心的相互作用によって、社会は成立する。後の相互作用論者に繋がる発想である。

「社会という名称は、たんにそれらの相互作用の合計にたいするものであって、それらの相互作用が確立されている程度に応じてのみ使用されるべきものである。ゆえに、社会は実体的に確立された概念ではなくて、与えられた個々人のあいだに存在する相互作用の数と緊密の度合に応じて、多くも少なくも適用されうる程度的概念なのである」(393)
→「社会」は相互作用の合計である。客観的存在ではなく、「機能」の総和である。

「けっきょく社会の概念は次のように規定されるであろう。すなわち、個々人の相互作用が、たんに彼らの主観的態度や行為のなかに存在しているというだけではなく、さらに個々の成員からはある程度まで独立した、ある客観的な構成物がつくりだされるというような場合に、われわれは真に社会といえる存在がそこに存在している、といえるのである」「相互作用が凝集して、一つの実体となっているのである」(393)

「集団が大きくなると、それと並行して分化が要求される」(419)

「社会圏が大きくなればなるほど、個人はその目的を達成するために、ますます多くの回り道を必要とするようになる」(419)

「すでにのべたように、個人の罪が社会に転化されるということは、社会教育学にとって、その普及が憂慮される認識の一つである。というのは、それは、個人の罪をどうかすると割り引きやすく、そうしたとき、良心はそれだけ気楽になり、それだけその行為にたいする誘惑が強くなるからである。つまり、いってみれば、道徳のために出費される経費は全体が負担するのに、不道徳によってあがる利益は個人だけが受けるということになるからである」(421-422)
→犯罪者は「社会」や環境が作ったことになる。

「すなわち社会集団の分化と個人の分化は明らかに正反対をなす、ということである。社会集団の分化は、個人ができるだけ一面的になること、彼がある単一の仕事に没頭し、彼の衝動、能力、関心のすべてがこの一つの諧調にあわせられることを意味する」(527)
→集団が多様でいるために、個人には単一・一面的でいることが要請される。これが疎外労働を招くことにもなる。つまり、集団の多様性を担保するため、個人から多様性が排除され単一の状態でいることが要請されるのだ。

『広辞苑』各版にみる、「内職」の意味の変遷

 筆者は学校における「内職」をリサーチしている。そのため、過去の「内職」という言葉の使われ方を調べるため各種雑誌を調査中である。
 『蛍雪時代』1948年2月号「巻頭言」に、「学生と内職」というタイトルの文章がある。内容を見てみると、「内職」は現代の授業中に行う授業に関係のない学習としての「内職」の意味ではなく、学費を稼ぐための「アルバイト」の意味であった。
 試みに、この『蛍雪時代』から7年後に出た『広辞苑』第1版(1955)における「内職」の欄を参照してみよう。

【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職以外に営む生業。③女などが家事のひまにする賃仕事。④アルバイト。

 「巻頭言」における「内職」は「④アルバイト」の意味にあたる。文中を見ると次のように書かれている。「生活費の向上、中産階級の没落は学生の生活をいよいよ苦しいものにして、新聞などの報道によれば半数以上七割迄が何等かの意味で学費の全部又は一部を自分の手で働き出していると云う」。そして「本当の意味で生活と学問の両立は困難」との記述につながっている。
 また本文冒頭を見ると「昔は学生の内職と云えば御上品の所では家庭教師翻訳の下請、一般向の所では新聞配達と相場が決まっていた。所が最近は学生もなかなかくだけて来て、その帽子なえ見なければ本職と間違うことがある」と書かれている。このあたりは竹内洋『立志・苦学・出世』や天野郁夫『試験の社会史』『学歴の社会史』に描かれた「苦学生」同様の構図である。しかし、ここで注目すべきはこれら「苦学」は「内職」として扱われていた、ということだ。当時、働きながら学ぶ、あるいは学費を稼ぎながら学ぶということは「アルバイト」を意味する「内職」と言う言葉で形容されていたわけだ(なお「巻頭言」の原文は全て旧かな・旧漢字であるが読みやすさを重視した)。

 学校における「内職」の問題という言説は、本来この『広辞苑』第1版における④の意味であったことを確認することができた。ここで次のような仮説を立てることができる。それはもともと学校における「内職」とは、④を意味したのであるが、時代が下るにつれて②や③の意味に変更してきたのではないか、という仮説である。次にこの仮説を検討するため、『広辞苑』の第2版から現在の第6版に見る「内職」の定義の変遷を確認してみよう。

『広辞苑』第2版(1969年)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助のためにする仕事。③主婦などが家事のひまにする賃仕事。

→③における「女など」が「主婦など」に変更し、④が消滅している。

『広辞苑』第2版補訂版(1976)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助のためにする仕事。③主婦などが家事のひまにする賃仕事。

→2版と変化なし。

『広辞苑』第3版(1983)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助のためにする仕事。また、主婦などが家事のあいまにする賃仕事。

→②と③が一文に。また、「ひま」が「あいま」に。

『広辞苑』第4版(1991)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助などのためにする仕事。また、主婦などが家事のあいまにする賃仕事。「−でやっと生活する」③俗に、授業中・会議中などに行う他の仕事。

→授業中の「内職」の意味、初登場。②に用例が追加される。

『広辞苑』第5版(1998)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助などのためにする仕事。また、主婦などが家事のあいまにする賃仕事。「−でやっと生活する」③俗に、授業中・会議中などに行う他の仕事。

→4版と変化なし。

『広辞苑』第6版(2008)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助などのためにする仕事。また、主婦などが家事のあいまにする賃仕事。(歴史的な用例が追加)③俗に、授業中・会議中などに行う他の仕事。

→②の用例が変更。

 現代の我々が認識する「内職」という意味が『広辞苑』に追加されたのが4版(1991)でからであるということが分かる。また、こうしてみると、「内職」にあった「アルバイト」の意味は次第に消滅していき、「内職」という言葉に第1版の②や③がイメージする「本業以外に営む」ニュアンスが強くなって行くことがわかる。第1版における②や③の意味が一カ所に集約されたのち、この部分のイメージを広げる意味合いで「俗に、授業中・会議中などに行う他の仕事」という意味が付与されてきたことも読み取ることができるであろう。
 おそらく、学生をめぐる環境が『蛍雪時代』1948年2月号「巻頭言」から時代を経るにつれて、日本が「豊か」になっていったことが「内職」の意味が変わって行く理由であったのだろう。「豊か」になるにつれて、「内職」という言葉から「働く」意味が減り、主婦の「内職」のように陰で「本業以外に営む」行為という意味が強くなって行ったのであろうと推測することができる。

 なお、「巻頭言」原文(全)は次の通り。執筆者名は記されていない。

「學生と内職」
「近頃特異なる風景の一つに學生の商賣がある。昔は學生の内職と云えば御上品の所では家庭教師飜譯の下請、一般向の所では新聞配達と相場が決まつていた。所が最近は學生もなかなかくだけて來て、その帽子なえ見なければ本職と間違うことがある。生活費の向上、中産階級の沒落は學生の生活をいよいよ苦しいものにして、新聞などの報道によれば半數以上七割迄が何等かの意味で學費の全部又は一部を自分の手で働き出していると云う。學生が働く事は良いとか惡いとかは論外として、必要に迫られているのだと云えばそれ迄であるが、本當の意味で生活と學問の兩立は困難である。世界の文化や國家の運命が青年の教育の如何にかゝつているのを想う時、これを一つの特異現象として見過ごして良いであろうか? あらゆる意味に於いて學生には生活の安定は與えられなければならないと思う。と同じに學生には學問に對する眞摯な努力と高邁な道徳性とが要求されなければならないと思う。若し文化國家と云うようなことを平然口にする勇氣があるならば國家も社會も學生を本當に立派な學生にする義務がある。」

ゴフマン冷却作用論文(1952)についてのメモ

 ゴフマンの自己論は自己がバラバラである状態を統合させるのを要求するのが文化や社会システム的(社会規範など)にあるということを指摘していると考えられる。本稿ではカモの分裂した自己を統一させる働きが冷却作用の一種として表れている。
冷却作用とは一面ではバラバラな自己に一貫させた他者への自己(面目face)を与える手助けをするものである。本論文はゴフマンの最初期にあたるものであるが、後のゴフマン思想の萌芽を読み取ることができる。例として、selfとmindの違いを説明した個所をあげられる。これらの個所では自己の統一性を手に入れるためにある人物(エゴ)が行う他者への印象操作である。
あるいは他者の印象を一貫させるという意味で『行為と演技』や『出会い』・『儀礼としての相互行為』につながる発想である。特に『行為と演技』において展開されたドラマツルギー理論では表局域と裏局域とが区別されており、必ずしも自己イメージが統一していなくてもいいが他者についての一貫性をもった自己を示す必要が示されていた。自己を呈示する動きについての指摘と、どういった人物かわからないからこその他者の示す属性・演技により呈示された他者像を統一性・一貫性を持ったものであると認識(あるいは想像)することが示されている。
 本論文はカモ自身が統一性を持つために冷却されることを望むと書いてある点で、「呈示」にとどまらないゴフマンの理論を見ることができる。主体自身も統一性を入手することを望んでいる可能性は、このあとのゴフマン理論に見られることが少なくなっているように思われる。(藤本)