駅に行くと思うこと。
沢山の人がそれぞれの行く先を持っていて、それぞれの場所にいく。それぞれの人がそれぞれの生活・人生をもっている。皆が家族を持っている。帰る家を持っている。
それを考えると、壮大な気分になるのだ。
それぞれがそれぞれの人生を歩んでいる。それを思うと、一人に会い、話し、共に過ごす中で多くの発見があるのだと思う。
沢山の人に会うことと同様に、一人を深く知ることが重要である。人間、そんなすぐにわかりあえず、理解することは出来ない。だからこそ人と会うことは面白いのだ。その人という、世界にひとつしかない実存と触れ合うことになるからだ。
今の時代、受け身では全て流されてしまう。自分で考えなくなってしまう。学校化社会はここまで来ているのである。
木田元『最終講義・反哲学としての哲学』を読了。
西洋哲学は西洋独特の考え方の総体であって、日本人の考え方と必ずしも一致しない。
哲学というものにも脱・中心化しようとするのは流石だ。
小さな傘では雨はしのげない。それでも小さな折りたたみ傘をさすのはエクスキューズしているのだ。
「私は傘をささない/もっていない阿呆ではないです」と。
ダイソーにはアイデア商品があるが、99にはマストアイテムしかない。
書くことだけがお前を助ける。
これは卒論を書くということに留まらない。
書くことにより、気分が晴れ、自分の考えがまとまる。精神的にも助けてくれるのだ。
大学紛争は旧来のアカデミズムを粉砕する意義があった。無意味に非ず!