ishidahajime

いま一度、「渇きによる学び」考。

 以前、「渇きによる学び」についてを、卒論を要約する形でまとめたことがある。

 少しそれについて考察する中で、「渇きによる学び」には2つの種類があることに気付いた。それは、①生存上必要な「学び」と、②趣味としての「学び」である。

 ①は説明しやすい。「仕事に必要だから」「進路に必要だから」などと外在的理由で行う学びである。のどが渇いて、水を飲まないと死んでしまう。そういった意味の「渇きによる学び」である。
 ②は「楽しいから」「興味があるから」行う学びである。のどが渇いたときに、おいしいものを飲みたいと考えてミックスジュースを喫茶店で頼む。いわば「おいしさ」を求めるタイプの「渇きによる学び」である。

 ①と②は正反対のようだが、つながりがある。将来医者になりたい。そのために医学の本を読むのは「趣味」としての学び(②)であるが、受験して医学部に入るための学びは「生存上必要な学び」(①)となる。

 私はいま、竹田青嗣『現代思想の冒険』を読んでいる。これは自分の専門である教育社会学を学ぶために必要だからである。『教育社会学』という入門書に出てくる「構造主義」や「ポストモダン」などという言葉を再び学びなおす必要が出てきた。こういう「渇きによる学び」は①にあたるだろう。
 さっさと①の学びを済ませ、②の学びであるフリースクールやイリッチに関する本を読む段階に移っていきたいものだ。

DVD『こんばんは』と、「渇きによる学び」考。

 前に映画『学校』を観た。西田敏行が夜間中学校の教員を好演している。生徒たちと生と死について議論しあうラスト・シーンが心に残る映画だ。『こんばんは』を観て、「映画『学校』の世界は、本当に存在するのだなあ」との思いを持った。学び手たちが生き生きと学校で過ごしている。「こんな学校、いいなあ」と素直に思った。『学校』にもあったが、夜間中学校でこそ本当の教育が行われているのかもしれないと感じた。

 このように生き生きとした学びが夜間中学校で行われているのはなぜであろうか。私は、「渇きによる学び」が起きているためであると思う。「渇きによる学び[i]」とは私の造語だ。卒論の中には次のように書いている(概要)。

フリースクールは子どもを無理やり学ばせることはしない。のんびり・ゆっくり過ごすことの推奨すら行う。子どもが「学びたい」と思うまで「待つ」姿勢を貫いているのだ。だからこそ、時間が経つかもしれないが、「渇き」が起こる。渇きをいやすために水を飲むとき、馬は脇目をせずに一心不乱に飲み続ける。「渇き」が起きた時の学びもそれと同じであろう。奥地恵子のいう「ヒロベン」(テレビやゲーム、友人との遊びなど、日常生活で〈広い意味での勉強〉)が、やがて「渇きによる学び」を誘発するのである。

 フリースクールでは、子どもが「学びたい」と思うまで待つ。けれど「学校」は無理矢理でも学ばせようとする。そのために生徒はイヤイヤ勉強をする。しまいには「学校」にいくことと「学ぶ」ことをイコールだと錯覚してしまう(イリッチの言った「学習のほとんどは教えられたことの結果だ」と勘違いするようになる「価値の制度化」が起こる)。
 夜間中学校は、「文字を読み書きできるようになりたい」・「日本語を何としても習得したい」という思い、つまり「渇き」を学習者が持っている。また、夜間中学校には自らの自由意思に基づいて通っている。だからこそ、生き生きとした学びが行われるようになるのだろう。もし夜間中学校が「いままで義務教育をうけたことがない人は全員行かないといけない」場所になってしまえば、映像にあったような生き生きとした学びは行われなくなってしまうだろう(夜間中学校が「学校化」されてしまうのだ)。

 映像を観ていて、もう一点感じたことがある。それは〈生活経験や悩んだ体験がないと、詩や小説を本当の意味で読むことができないのではないか〉ということだ。映像内では「雨ニモ負ケズ」をクラスで読むシーンがあった。同じ詩を、私は小学校の高学年で習った記憶がある。その際は「こんな生き方を希望した人がいたのだなあ」という印象を持った。宮沢賢治の詩が全く自分の内面に響いてこなかったのだ。
 けれど、映像では自らの体験を踏まえて学習者が語り合っている。自らの経験を踏まえたうえで、作品を読み取っているのだ。これは通常の「学校」では必ずしも行われていない。小学生のころの私もそうであるが、作品が自分にとって「遠い」のだ。クリステン・コルは『子どもの学校論』のなかで、本来ドラマティックなはずの聖書の物語が、「細かい章にブツ切りにされ、小さな宿題を通して暗記」させられる状況を批判している。日常生活と乖離した学問を学ぶのが、通常の「学校」になってしまっているのだ。

 詩や小説は、読まれることで初めて意味を持つ。そして読まれるためには、読み手が成熟を遂げていなければならない。よく「夏目漱石の作品は40を超えてからでないと分からない」と聞くが、これも読み手の成熟がないと本当に理解することができないということなのだ。ちょうど「バカの壁」が作品と自分との間にあるのだろう。成熟するということは、種々の経験を経ることでバカの壁に穴をあける作業を意味する。

 このように、詩を読み取れるだけの成熟を「待つ」姿勢を持っているからこそ、夜間中学校では「渇きによる学び」が起きているという側面があるのだろう。

[i] 梅田望夫は『私塾のすすめ』のなかで〈のどが渇いて水を飲むように学ぶ〉ということを書いている。その部分や宋文洲『社員のモチベーションは上げるな!』を参考にして、「渇きによる学び」という言葉を使っている。

クリステン・コル『コルの「子どもの学校論」』(新評論、2007年)

 デンマークの教育を、草の根から変革した人間、それがコルであった。19世紀に師匠・グルントヴィの教育思想を実践した人物だ。教育論者ではなく、教育者である。ヒラ教員の立場からでも一国の教育変革が可能であることを、コルは教えてくれる。

 本書はコルの残した数少ない書物のひとつ「子どもの学校論」の翻訳である。本書に通底するテーマ、それは「そもそも学校では何を行うべきか?」である。
 19世紀のデンマーク(あるいは現在21世紀の日本でもよい)では「死んだ」知識が重視されていた。読み書き計算(教育学者は気取って3R’sと呼ぶ)の習得が「目的」となっていた。無理やり読み書き計算を教えられることに、本当に意味があるのか? コルは考える。
≪書くことを教えるなら、子どもが「書きたい」と思うまで待つべきではないか? 筆算の仕方を教える前に、〈数とは、一体どんなものなのか〉子どもが分かるよう、身の回りから数について考えられるようにしたほうがいいのではないか? 本来ドラマティックな聖書の物語を、「細かい章にブツ切りにされ、小さな宿題を通して暗記」(153頁)させられるなんて、無意味ではないか?≫などと。
 それゆえ、コルは読み書き計算を無理やりに教え込もうとする現状に「No!」を叫んだ。教育現場における口頭による関わり合いを重視したのだ。コルは人間が語る「生きた言葉」による、対話の重要性を訴えた。清水満は本書の「解説」で次のように語る。

書かれた文字による教育が、すでにその文字を知り、多くの文献を知る識者が上から一方的にそれを教え込む上下の関係であるのに対して、「生きた言葉」による「対話」にはそのような専制的な関係が生じない。また、とりわけ教育の対象となる青少年たちは想像力と感性の豊かさに富んでいる時期であるから、理性的な文字よりも生きた言葉の音調、つまり耳の言葉で想像力を活性化させるにふさわしい存在となる。(200頁)

 コルが偉大であるのは、実践者であった点だ。自分でフリースコーレ(本書の清水満訳では「フリースクール」となるが、日本に存在する「フリースクール」とごっちゃになることを危惧し、ほかの訳者が使った「フリースコーレ」の語を使用した)を建設し、自分で運営をする。そこで育った子どもたちも、のちにフリースコーレを各地に作る。そしていまでは全デンマークに普及したのである。

 最後に、本書から印象深い言葉をいくつか引用しよう。

子どもたちの教育にかかわる者はみな、精神的に強い人間でなければならない。古代ギリシャにおいては、教育にかかわる人間がその国でもっとも精神的に強い人間であった。一方、古代ローマでは教育には奴隷を使ったので、ローマの教育レベルはそれに応じたものにしかならなかった。(139頁)

ただ、心から出たものだけが心に響く。良かれ悪しかれ、特別な訴求力をもつとされるものはすべて心の深いところでつくられ、そこから表出して言葉と行動へ向かわなければならない。表面的な生は、ただ浅薄なものと幻影を生み出すだけである。無知蒙昧な者にとってはそういう生があたかも実在するかのように見えるが、現実には存在しないのである。(141頁)

国家権力は私たちが思っているほど子どもたちを愛していないし、愛することはできない。私たちは子どもたちが好きだし、だからこそ子どもたちを一番よく元気づけることができる。そういう大事な事柄で、私たちは脇に立って傍観者のように見守るだけで満足するつもりはない。私たちは、子どもの教育の全責任を引き受ける。そして、援助を必要とする。私たちは、自分たちでこの援助を調達するので、国家はむしろそこから手を引かねばならない。(175頁)

 本当に最後は訳者の清水満の言葉。

グルントヴィとコルの伝統に連なるものとしては「教育の自由」がある。もともとはグルントヴィがイギリスの大学と市民社会から学んだ市民的自由が基礎になっているが、コルに率いられたフリースクール運動などによって地域の民衆が自分たちで学校をつくることができる自由として認められ、公教育ではない教育を少数者が行う自由という意義をもつようになった。いうなれば、デンマークの教育権は「教育を受ける権利」ではなく、自分たちで自分たちの考える「教育をつくる権利」なのである。(243~244頁)

映画『板尾創路の脱獄王』

 一定の期間ごとに、「芸能人が映画を撮る」話が出てくる。昨年は松本人志の『しんぼる』を観に行った記憶がある。今回観た映画も、芸人・板尾創路(いたおいつじ)が撮ったものだ。

 映画中、主人公・鈴木雅之を演じる板尾は一切しゃべらない。囚人である彼は何度も何度も脱獄を行い、そのたび刑務官からリンチを受ける。その際も何も口に出さない。孤高の生き方を感じさせる。 刑務官をじっと見据え、抵抗の思いを示す。マンデラやキング牧師を思い出すシーンだ。
 
 本作を観て、私は国家の持つ暴力性を感じた。脱獄をするたびに、「国家の威信を傷つけた」として懲役の年数が上がっていく。最終的には脱獄不可能・入ると二度と出てこれない「監獄島」に送られることになる。つまり終身刑になるのだ。
 終身刑を言い渡されてしまう鈴木は、そもそもどんな犯罪を犯したのか。映画では彼の調書をアップするシーンがある。そこに書かれていたのは「無銭飲食」。軽犯罪で逮捕されたにも関わらず、国家は鈴木を終身刑にしてしまう。それほど、「国家への冒涜」は重大犯罪なのだろう。とてつもない暴力性だ。おまけに脱獄のたびに鈴木は非人間的な監獄に入れられていく。

 そういえば昨日、早稲田の小野講堂で行われた「犬死に大国、ニッポン」というシンポジウムに参加した。ハンセン病療養所入所者協議会の事務局長・神美知宏(こう・みちひろ)氏の語ったハンセン病当事者の話が印象的だった。
 らい予防法という悪法により、ハンセン病患者を強制的に療養所に入所させる。その際、戸籍は抹消され、入れば二度と出ることはない。「入所者の義務」と称して、入所者に治療の手伝いや死者の火葬まで行わせる。
 板尾の映画に出てきた「監獄島」も、そんなところであった。収容者は戸籍を抹消された上で、社会から抹殺される。死んでも、出てくることはできない。ハンセン病療養所そのままではないか。

 『板尾創路の脱獄王』は、社会派の映画であったことに改めて気付いた。

子どもに生きる人?

日本児童教育専門学校(高田馬場)の張り紙。

子どもに生きる、とは何なのか? 子どものまま暮らすことか、子どものために人生を捧げる人のことか?

思うに、私は保育園や幼稚園の先生に「わたしの人生はあなたたち子どものためにあるのよ」と言われるとプレッシャーを感じてしまう。「そんなことして頂かなくても…」と感じる。

人生の意味は人に奉仕することにある。そういう人がけっこういる。けれど私はあくまで自分の人生を大事にした上でいうべき言葉だと思う。そうでないと捧げられる側がプレッシャーなのである。

ペスタロッチ『シュタンツだより』とフリースクール

 ペスタロッチは貧しい子どもと共同生活をする中で教育を行ったことがある。そのときに書いた文章は『シュタンツだより』として現在にまで残っている。

「最も憐れな最も見放された子供にも神の与え給う人間性の諸力をわたしは信じているので、この人間性が無教育と粗野とそして混乱の泥土の間にあっても、最も美しい素質と能力とを発展させるということを、ただに今までの経験がすでに久しくわたしに教えていただけではなくて、わたしはわたしの子供の場合にも、無教育ではあるが、この生き生きとした本性の力がいたるところに発露するのをみた」(『隠者の夕暮れ・シュタンツだより』長田新訳・岩波文庫)
 味わい深い言葉だ。
 興味深いのは、シュタンツにおいてペスタロッチがおこなった「教育」は、いわゆる学校教育とはちがう実践であったという点だ。子どもと生活する中で学んでいくというスタイルだ。よくペスタロッチは「近代教育の父」という呼ばれかたをするが、「近代教育」が「学校」を意味する以上、この呼ばれかたは正しくない。むしろ近代教育のアンチテーゼとして出てきた「フリースクールの父」と言ったほうが良いのではないだろうか。学校では全てを「授業」として教える。けれどイリッチは生活の中で教えた。この差は大きい。
 ペスタロッチがシュタンツにいたのは1798年から1799年の間である。52歳から53歳にかけての時期である。ペスタロッチの行った教育を、そのまま実践するのが「近代教育」であったならば、現在のような「学校」教育の弊害も起こらなかったことであろう。残念で仕方ない。
追記
 日本の教育思想家・牧口常三郎も、ペスタロッチ同様の発言を行っていた。ここに引用する。
「皆、等しく生徒である。教育の眼から見て、何の違いがあるだろうか。
 たまたま、垢や塵に汚れていたとしても、燦然たる生命の光輝が、汚れた着物から発するのを、どうして見ようとしないのか」(『牧口常三郎全集』7)
 牧口は学校の教員として、この「垢や塵に汚れて」いるような子どもとも関わり合った。風呂に入れない子どもには学校の風呂を使わせた(しかも牧口自身、児童とともに入浴し、児童の背中を洗ってもいたのである)。この「思いやり」の心が、教育の原点であろう。

フリースクール スタッフ養成講座の合宿。

 先週の土・日・月と、フリースクール全国ネットワーク(通称フリネット)が開催する合宿に参加した。ボランティアのスタッフとして。非常に勉強になった。ふだん、フリネットのボランティアはしんどいため、嫌々やっていることがあった。フリネットへの「不登校」という状態だろうか。この合宿に行き、「しんどいけれども、意味のあることだったのだ」と再認識できた。いいことである。

 講師の話にあった内容から、印象に残った点をいくつか。
 
 インドの子どもが、フリースクールに通う日本の子どもと交流した時の言葉。
「〈学校に行きたくても、貧しくて行けない〉ことと、〈学校に行きたくないのに、無理やり行かされる〉ことは、同じ問題なのだ。子どもの権利から見るなら、どちらも同じことなのだ」
 私たちは、よく「学校に行きたくても行けない子どもがいるのだから、頑張って学校に行こうよ」という。学校に行ける状態であるのに不登校でいることは、「ぜいたく」「わがまま」だと考える。けれど、本当はそうではないのだということが、この話から解った。
 いい合宿であった。

生きることはリハビリ?

ある雑誌広告に、ゴミ出し作業をしていて気付く。

「生きることがリハビリ」

何とも言えない違和感を感じる。

リハビリは、よりよく生きるために行うものだがリハビリが人生それ自体を意味するような言葉だと思うからだ。

ツイッターを始めました。

『Twitter社会学』(津田大介、洋泉社)を読了。「速さ」がネット時代において強烈な力になることを実感した。

 それに刺激されて、私もツイッターを始めた。
 
 「IshidaHajime」との名前で登録しているので、探してみていただきたい。

孤独であるためのレッスン。

 いろんな道を歩いても、自分と言う物語は一つである。ならば自分の決めた道を貫くしかない。「十年一剣を磨く」である。

 一人でいる時間を大事に出来ない人は、真に人と出会うことができない。ひとりでも過ごせる人が最も強い人だ。先日、兵庫に帰省したとき神戸の街に私は一人で佇んでいた。だからこそ神戸の夜景に感動したし、クルーズの際に船酔いする自己の弱さと向き合うことができた。他者の有り難さにも気づくことが出来た。一人で過ごすからこそ、他者や自然の美しさと出会うことができるのだ。
 一人でいることをネガティブに考えてはいけない。一人の時間を大事にせよ! 私たちに必要なのは、まさに『孤独であるためのレッスン』なのである。