教員をやっていると、ふと1年前まで自分が院生であったことを懐かしく思い出します。
1年前、私は「教採活動」をしながらの修士論文執筆でした。
「教採」、つまり教員採用活動です。
ただ、言うほど「教採」には本腰を入れていませんでしたが…。
私が「教採活動」を始めたのは昨年9月。
8月に「もう研究者になるのは無理だ」という「挫折」をしました。
未だに覚えています。
夜22:00に高田馬場のスターバックスで原稿執筆中、
不意に泣けて泣けて仕方がなくなりました。
「こんな研究も満足にできない」挫折感が、急激に内面から湧いてきたのです。
気持ちを切り替えるために中国にも旅行し、
意味なく熱海の友人の家に遊びに行きました(ごめんね、藪ちゃん)。
最終的に切り替えられたのが、私の場合、教採活動でした。
エントリーシートと履歴書を書きまくり、
学部生時代の「教科教育法」の授業を思い出しつつ模擬授業練習をしました。
(公立はちなみにもう採用はやってません。私立だけ勝負、でした)
でも社会科教員なんて、どこも足りています。
(おそらく)学歴で模擬授業まで進めても、その先は全然進めません。
「不採用」通知に涙しました。
埼玉の本庄にある高校に模擬授業に行く際、
乗る列車を間違え、なぜか宇都宮線の栃木駅を通過したときの衝撃もありました。
完全な遅刻。
「また御縁がありましたら」との携帯電話先の声に失望し、
そのまま東武動物公園でゾウを眺め、すごすご早稲田に戻りました。
なかなか散々です。
でも、その時期から、何故か(むやみに)コワーキングスペースのインターンシップも始めました。
やることが「ぶれて」ます。
でも「ぶれて」いたからこそ、得るものも想定外に大きかったです。
修士論文ごときに「やられ」たくない。
教採ごときに「やられ」たくない。
そんな思いでいっぱいでした。
どこかの時点で、修士論文とは良くも悪くも「出せば」受取ってもらえるもの。
そう開き直りました。
単なる「研究」で出来ないことをやる。
私の場合は「実践」でした。
インターンシップは、格好の舞台となりました。
インターンシップでやったのは、まあ言えば掃除とネコの世話(変わったコワーキングスペースです)。
この2つ、やってみると奥が深いこともそのコワーキングスペースで学びました。
あとは来客してくださる方への挨拶です。
ほかにも各種イベントの開催・裏方(修士論文を書いているのに、年越しパーティーのお手伝いもしていました)。
大学院では絶対経験できない知見を得ることが出来ました。
(この知見が、早稲田大学教育学会主催のセミナーの運営にも活かされました)
色々ありましたが、年末にはいまの職場にも内定が決まりました(札幌とは思いませんでしたが)。
並行して、いろんなセミナーにも行きました。
1月の頭には噂に聞いていたTOSSにも参加、「常連」となりました。
教員としての実践の基本を教えて頂きました。
そして1月第2週に修士論文を提出。
開放感と同時に「ああ、1つ山を超えたな」感でいっぱいになりました。
さて、昨年の9月のはじめごろに私と会った方はご存知と思いますが、
そのころ私は「欝」でした。
大学院の将来の見えなさに憂鬱になっていました。
いろいろ試して気づいたのは、
「自分は不幸だ」と思う隙がないほど、「何か」に取り組むことでした。
自分のことを考えないでいい場合、軽い鬱症状は軽減するように思います。
私の場合、その「何か」が「教採」であり、「インターンシップ」であり、「セミナー」でした。
要は「修士論文」だけをやらなかったことで、
私は「修士論文」を書き上げることが出来たわけです。
諦めて「教採」だけでも、多分、ダメでした。
インターンシップやセミナーまわりもしていたからこそ、
「教採」も決まったのだと思います。
「修士論文」だけに追われていると、やがて修士論文も書けなくなります。
やるべきことが多いと、その合間に「修士論文」を書きたくなります。
不思議ですが、そういうものです。
逆に私の場合、「コワーキングスペース」という「協働の学び」「共同の仕事」を誘発する環境に
インターンシップをしていたことが、修士論文の「オチ」をつけるのに非常に役立ちました。
私の修士論文のタイトルは「通信制大学学生会の持つ機能に関する一考察」です。
サブタイトルは「学生会の学習支援機能とシャドウ・ワーク機能」。
この修士論文はイリイチのシャドウ・ワーク概念を通信制の学習や「共同」の学びに応用した「世界初」の論文です(たぶん)。
共同の学びをすればするほど、逆に学校という「制度」側に絡め取られてしまう、という可能性を示唆した論文です。
この「オチ」は、確か11月、インターンシップ先のコワーキングスペースで夜21:00頃、
掃除をしていた際に思いついたものです。
やはり修士論文だけをやっていると、こういう発想は出なかったんだなあ、と思います(成功しているかは不問に付します)。
「これだけやる」と決めると、人間、案外うまく行かない。
でも、「あれもこれも」やると、案外両方できてしまうものです。
結果的に、「これだけやる」視点では見えない物もみえるものです。
この考え方が、いまの私の原点となっています。
ですから、「修士論文」に苦しんでいる皆さん。
別のこともやってみましょう。
セミナーにも行きましょう。
専門分野ではない勉強会を開きましょう。
博士課程に行かないのならば、修士2年目は「学生」が出来る最後のチャンスです。
どうせなら、「修士論文」も「学生」も、満喫したくありませんか?
私は欲を出して色々やり、結果的に「楽しい」修士2年目後半を送ることが出来ました。
禁欲主義は、よくないです。
それが私の餞の言葉でございます。
「ひとつより、ふたつ。
やるなら思いを込める」。
これで道は拓けるはずです。
自分は、修士課程とかやってないけど何となくわかる。高校の部活の時も「もう野球いいや受験勉強やろう」って思いながら勉強に取り組むと、何となく鏡の前で「もっとこうしたら打てるかも。うぁ~野球やりてぇ。」って思った。大学受験の時はロッテの試合観に行ったり(2005年ロッテ日本一)慶應目指す友達と一緒にフットサルチームの構想練ったりしてた。でも勉強は毎日10時間ぐらいやって大学合格した(笑)
でも去年は、仕事と大学校の2つしかなくて、
いいっすね!