星に願いを。

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 「星に願いを」とはいうが、星は無生物である。願いをかけても叶えてくれるわけはない。にもかかわらず、人は星に願いをかけ続けてきた。このメカニズムは一体何なのだろうか?
 何かに「願い」をかけるとき、人は自らの願望を再確認する。潜在意識の中に「これをやりたい」という思いを上書きしていく。「これをやりたい」思いが潜在意識にあるならば、無意識のうちにそれに関する情報収集や行動を行い始める。「家を安く買いたい」人には、山のようにあるコンビニの雑誌棚の中から「1000万円台で買えるマンション特集」というキーフレーズが無意識的に眼の中に飛び込んでくる。
 神社の賽銭箱の向こうの空間、チベット仏教のマンダラ、キリスト教におけるマリア像。これらに願いをかけ、実際に叶うとしよう。このメカニズムは、人間が自らの願望を再確認する結果として「願いを叶える」という実践が起きてしまうだけなのではないだろうか。

 自己成就的予言というものがある。「社会状況についてのある思い込みが、人びとがそれを信じそれに基づいて行動することで、結果として実現し、当初の予想を正当化するような社会的プロセスのこと」である(『岩波小辞典 社会学』92頁)。予言されたことを無意識的に成就する方向に人が動いてしまうという状態のことだ。落ちこぼれというレッテルを貼られた子どもは「実際に落ちこぼれらしいふるまいを実現してしまう」のである。「星に願いを」かけることは、自己成就的予言とも言える。自分で自分の「予言」として「願い」をかけ、それに自分で応えようとしているのだ。
 こう考えるとき、「星に願いを」かける行為は自分自身に「願い」をかける行為であると言える。結局、願いをかけても叶えるのは自分でしかないということを表しているだけなのである。

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