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中道の厳しさ

ジレンマから逃げるな。ギリギリの選択を避けるな。中道主義はただの折衷案でなく、常に厳しいものなのだ。

善意と非難

自分が善意で行ったことが評価されず、逆に非難を浴びる。なかなか精神的にくるものであると今日はじめて知った。

ビラ

ビラを配る際、違うデザインのものも用意する。貰うとき真新しい感じがするため、複数枚もらってくれる可能性がある。

視覚

視覚には触覚作用もあるかもしれない。視線を感じることは、本当にあるからだ。

「思考の整理学」より

著者の外山滋比古は「たくさん覚え、たくさん忘れる」重要性をいう。

現代の英知だとおもう。

医療セット出前

発病時、必要なもの一式を送ってくれる出前。医療セットの出前便。できないものか? 一人暮らしで病気すると、食事すら満足にできないからな・・・

携帯考

電子辞書は、たいてい皆カバーに入れている。

同じくらいの金額の携帯電話は、カバーをつけない。

圧倒的にやすい本(特に文庫本)には、皆カバーをつける。

何故だ? 大事にすべきは携帯ではないのか? 本って、破れても読めるぞ? 携帯は壊れたらおしまいだぞ?

無意味なものにも、価値付けを!

無意味なものにも、価値付けを!

一見無意味なものから、多くの発見があった。無意味なものを「無価値」として切り捨てていては、新たな発見はないかもしれない。だからこそ、一見無意味に見えるものを、大事にしていく態度が必要となるだろう。意味がないからといって、なくしていい訳ではないからだ。

ドラえもんに出てくる空き地。大人から見れば、「売れ残りの土地」である。無意味な物件だ。しかし、子どもたちには大事な「遊び場」(テレビ朝日版「ドラえもん」は、いきなり「空き地がなくなる!」という、子どもにとってショッキングな出来事から始まったことを考えていただきたい)。

一見、無意味なものを切り捨てていくのはやめよう。邪魔なものでないなら、残そう。「変えて意味のないものは、変えないほうがいい」と兼好法師も行っている(「改めて益なきことは、改めぬをよしとするなり。『徒然草』第127段)。

教師像

教師が生徒に「これを覚えよ」という前に、自分が覚えているのか?
教師が生徒に「勉強しろ」という前に、自分が勉強しているのか?
教師が生徒に「ウソをつくな」という前に、自分がウソをついてはいないか?

教師はときたま、生徒に自分もできていないことを要求する。俺はその態度をやめたいと思う。教師なら、難しくとも自分の理想に挑戦している姿を生徒に示す。そして、「難しいけれど、僕も理想をかなえようと努力しているから、君たちも努力して行ってほしい」と訴えられる教師になりたい。