4年間やってきた大学のサークルも、昨日でついに幕となる。早稲田祭企画のあと、終了式→飲み会→高田馬場ロータリーで騒ぐ、という流れを過ごした。このサークル、軽いサークルでは全然なく、話し合いの場で泣き出すものも出てくるほど「熱い」、別の言い方をすれば「恐ろしい」サークルなのである。
何事も、最後までやりきることが必要なのだと実感した。
このサークルで学んだこと。それは「思い」を語ること・「思い」を込めて行動することである。
私は形式的に行動することが多い。サークルのメンバーへの励ましも、企画の準備も、日常の活動も、「やらなきゃいけないから」、型どおりに行っていた。「やっていないじゃないか」と叱られないために。はじめはうまく回っていたが、3年生の途中からつらくなってきた。「やりたくない」という思いが強くなってきた。けれど、「嫌だけれど、やらなきゃな。仕方ない」との意識で行っていた。
4年生の9月。どうしようもなくなった。全くやる気が起きなくなった。でも、サークルに行かなければ。しんどさが付きまとっていた。
サークルの話し合いをサボった翌日、尊敬している人からメッセージをもらった。自分に対する期待が感じられた。「もう一度、素直に・謙虚に、やり直すことからはじめよう」と決意した。
それ以来、叱られたなら素直に聞いて「よし、改善しよう」と努めるようにした。特に意識したのは「絶対に諦めないという執念を持つこと」、それと先ほどの「思いを語る・思いを込めて行動する」ということであった。
サークルのラスト1ヶ月で、自分の考え方が大きく変わった。
途中で投げ出さずに済んで、本当によかったと思っている。最後の最後に、私に欠けていた部分を知り、克服のために動くことができたからだ。
さて。来年このサークルに私はいない。昨日、ロータリーで校歌を歌ったが、そこの一節が非常に胸にしみた。
「集まり散じて/人は変われど/仰ぐは同じき/理想の光/いざ声そろえて/空もとどろに/我らが母校の/名をば讃えん」。
ありきたりの感想で申し訳ないです。
ほんとーにすばらしい、青春時代ですね。
コメント、ありがとうございます。
何事も、「幕引き」が肝心ですね。
集まり散じて人は変われど、仰ぐは同じき理想の光。いざ声そろえて空もとどろに、我らが母校の名をば讃えん・・・。
卒業も目の前に迫ってくると、より胸に染みわたるね。。。
Fゼミ長