内田樹に読んで、読まれて。

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「この人しかいない!」
そんな作家に出会ったとき、私はその人の書を貪り読む。自分にとっての「バーチャル師」(内田樹ならこういいますね)を見つけたときである。

見つけたならば、ほぼ毎日のようにその人の本を読みあさる。そのうちに、「同じことを何度も言うのだな」と感じてくる。おそらく、私の脳内に「バーチャル師」が居座り始めるのだろう。

齋藤孝に始まり、野口悠紀夫(以上、大学2年生まで)・灰谷健次郎(大学3年生まで。しかし灰谷の本はかなり読んだものだ)・そして内田樹(現在進行形)に行き着いた。

内田との出会いは『寝ながら学べる構造主義』。あざやかな説明に感銘し、自分も文章を書いた(『高校生と語るポストモダン』)。ほとんど内田の受け売りに終った観もある。

私はさきほど『子どもは判ってくれない』(文集文庫)を読み終えた。いささかの衒学趣味(やたらにカタカナ言葉を使うのは、内田の嫌う石原都知事と同じニオイを感じてしまう)を我慢しながらではあるが。

この本からのメッセージは要言すれば次の二つの命題に帰しうるであろう。
一つは、「話を複雑なままにしておく方が、話を簡単にするより『話が早い』(ことがある)」。
いま一つは、「何かが『分かった』と誤認することによってもたらされる災禍は、何かが『分からない』と正直に申告することによってもたらされる災禍より有害である(ことが多いい)」。(pp329~330)

ちなみに、私の所蔵する内田作品は下の通りである。市場に出てるくらいは全て読んでしまいたいと思う。内田の文章は彼のブログ『内田樹の研究室』に死ぬほど書かれているのだ。市場に出ていない彼の文章すらある。

『寝ながら学べる構造主義』(三読)
『先生はえらい』(二読)
『街場の教育論』(二読)
『大人は愉しい』(一読)
『子どもは判ってくれない』(一読)
『疲れすぎて眠れぬ夜のために』(一読)
『知に働けば蔵が建つ』(一読)
『私の身体は頭がいい』(挑戦中)
『狼少年のパラドクス』(一読)
『こんな日本でよかったね』(一読)
『下流思考』(一読)

追記
●このブログのようにやたら( )でツッコミを入れるのも、内田樹が書籍でやっていることの受け売りである。
●『街場の教育論』を手に取ったのは『R25』に内田のインタビューが掲載されていたからだ。そこから、次々と内田「先生」の本を読むようになっていたのである。
●そのうち、内田樹論を書こう。「師弟論」の観点から。

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