真木悠介(1977):『気流の鳴る音 交響するコミューン』、筑摩書房。

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 70年代的思想の影響が如実に現れている本。当時はコミューンや疎外論が恐ろしく力を持っていた。時代が生んだ本と言えるが、当時を知らない私としてはかえって新鮮さを覚える本であった。

「「世界」と〈世界〉のちがいについては、それ自体本文の全体を前提するので、あらかじめ正確に記述することはできない。とりあえずこうのべておこう。われわれは「世界」の中に生きている。けれども「世界」は一つではなく、無数の「世界」が存在している。「世界」はいわば、〈世界〉そのものの中にうかぶ島のようなものだ。けれどもこの島の中には、〈世界〉の中のあらゆる項目をとりこむことができる。夜露が満点の星を宿すように、「世界」は〈世界〉のすべてを映す。」(31-32)

「目の世界が唯一の「客観的な」世界であるという偏見が、われわれの世界にあるからだ。われわれの文明はまずなによりも目の文明、目に依存する文明だ。」(82)
「重要なのは見ないことではなく、目に疎外されないことだ。」(85)

 カスタネダという老人の教え
「人間が暗闇の中で走りたくなるのは、必ずしも恐怖に駆られてではなく、「しないこと」を知ってよろこびにわいている身体の、きわめて自然な反応でもありうるのだと言う。」(89)

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