悪い奴ほどよく眠る

黒澤の『悪い奴ほどよく眠る』。

悪は、徹して斬らなければならないのでないか、と感じる。

この脱力感のあるラスト。この映画は凄い。

睡眠薬を配合するシーン。チャップリンの『殺人狂時代』を思う。まあ、ちょうど似た状況である。

下っ端は消される。簡単に。真の悪は、家族すら欺き、家族すら利用する。そんな岩淵も、ひとつの汚職の相手。官僚機構は崩れない。だからこそ、『悪い奴ほどよく眠る』のである。

ソドムの市

パゾリーニの遺作『ソドムの市』。人間の暴力性の輝く映画。観ていてこれほどの気持ち悪さをあじわえる映画を、他にしらない。吐き気のする映画とは新カテゴリーである。

寄り目の大統領、大司教、最高裁長官、伯爵。権力者4人が、国中から集めた若い男女18名を相手に、狂乱の宴を繰り広げる。

原作はマルキ・ド・サド。『ソドムの120日』。

解説によれば、快楽主義・消費主義に生きる私たちは、4人の権力者にしたがわざるを得ない若者と同じであるらしい。快楽の強制が、『ソドムの市』のテーマだ。それにしても、異常な快楽なのだが。

観ると後悔する映画である。でも観れば世界観が変わる映画である。

いろいろ賛否両論あるようだが、私はいい映画であると思う。

…これを書いているのはカレーの名店・メーヤウ。無性に吐き気がしてくるのである。

教師・島耕作

広兼憲司の漫画『島耕作』シリーズ。広兼氏は「10取材して2書く」方針で連載していると聞く。そして「半分は情報提供」の意味合いがあるらしい。

私も、教育学をやる以上、専門家や教師、子ども、保護者に読まれるものを書きたい。広兼氏の手法で、読んで面白いものを連載したいものだと思う。

子ども時代を失った子どもたち

マリー・ウィン著『子ども時代を失った子どもたち』(サイマル出版会、1984年)

には、高橋勝『文化変容のなかの子ども』同様、「子どもの消滅」とも呼べる現象が載せられている。

カント

ネットで流れる、「風俗嬢の落とし方」の類い。

カントが見たら、泣くだろう。

「他人の人格を自らの目的とするな」と。

自由研究の研究

小学生のとき、皆やらされた夏の課題「自由研究」。

 私は教育学部で学んでいるが、「自由研究」という課題の歴史やねらいをまだ学んだことが無い。
 
 この「自由研究」の研究を、行って行きたい。

映画『いのちの食べかた』

 静かな映画である。

 この映画を観たい人は、夕食前に行くといい。見た後、吉野家か松屋にでも行ってみてほしい。食欲がわかないことに気づくはずだ。

 「衣食住」という言葉がある。「食」をバカにすることは命をバカにすることだ。しかし、現代の消費社会ではどのように食べ物が作られているか、「知る人ぞ知る」状態であった。

 チャップリンの「モダンタイムス」を見た人は、ベルトコンベア式に作業が進められる工場を目にしたはずだ。消費社会における食べ物も、全く同じく合理的・科学的に「製造」されていることを、私たちは知るべきかもしれない。

 「工場」では、製品をより分ける。りんごのように、ヒヨコも選別する。ニワトリの肉体すら、選別する。なんともおぞましいものを感じた。