就活できる幸せ

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私の同期の人間は、「就職活動が大変だ」というが、仕事を選べるという事はそれだけで「幸せ」なことではないか。

私の中学の友人は、高卒あるいは高校中退で、結構働いている(世間的にはフリーターな友人もいるが)。
いくら不況でも、仕事はある。そうでなければ求人雑誌は廃刊してしまう。

仕事はあるのだ。「選んでいる」からみな苦労して就活をしている。それで鬱になっている。

むしろ、「仕事を選べる」幸福を考えるべきではないだろうか。

プラス思考の有無で、人生は大きく変わるという。ならば、就活もそうである。俺は大学院の準備をしているが、プラス思考と「選択できる贅沢な悩みを持つ幸せ」を噛み締めていくべきだと自分自身に思う。

社会貢献の道を考えていくべきだ。浜口直太の本に(『勉強のルール』)「世のため・人のための思いで学べ! その人が一流になる」とある。よく自己啓発本には「自己実現こそが人生の目的」とあるが、それはおかしい。人生の目的は、どれだけ他人のために尽くせたか、他人のために行動できたかではかられるべきだ。
私も、浜口と同じ決意で、人々のために役に立つ教育学者になる。そして私の師匠にお応えをするのだ。断じて、戦いきるのだ!

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コメント

  1. kemonohen_desu より:

    『自由の牢獄』なんかを読んでぶんぶんとうなずいてしまうぼくは、「選べる」という状況がちょっと怖いのです。

    …いや、違うな。より厳密に言うと「選べ!」と言われているように勝手に思い込んでしまうところに問題があるのかもしれない。

    リスクテイキングの訓練をおろそかにしていたボロが出始めてるのだろうなあ。失敗が怖いのですね。

    ときに、「師匠」がいたのですね? Ishidaさんには。

  2. たしかに「自由からの逃走」というフロムの本があります。「自由」・「何をしてもいい」ことの難しさは、小学生の頃の「自由研究」のつらさを思い起こさせてくれます。

    ただ、友人があまりにも「就活で鬱だわ」といっているので、「仕事が選べること自体、幸せなことなんだよ」と伝えたかったのです。

    そんなに就活が嫌なら、やらなくても良いじゃないか。むしろ、「就活できるありがたさ」に気づくべきではないか。
    こう思うこのごろです。

  3. kemonohen_desu より:

    よし、ぼくもひとつ「幸せ」を実感してみましょう(笑

    エンデの『自由の牢獄』は寓話ですが、人間の自由意志が悪魔に寓意されて登場します。その悪魔は人間自身を無限地獄に閉じ込めます。

    しかしその悪魔は神と表裏なんでしょうね。きっと。「鬱」も、ひっくり返してみればたしかに、「ありがたさ」なのかもしれない。

    (なお、ぼくがこうして絡んでしまう要因はたぶん、「気づく」ことの難しさをこの一年で散々感じさせられて、ひねくれてしまっているからなのだと思います。気づけといわれて気づけるものではない。よしんば気づいたとしても、それに身体が適応してくれるにはまた時間がかかる。とね。半分愚痴なので、あまり気にしないでください)

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