学校が、CAIの発展により個別学習が可能になったとき、「預金型教育」(パウロ・フレイレ)はもはや不要となる。歴史的に、教員の講義をノートテイクするという行為は中世の修道院に発端がある。写本を作り、その写本を辞書として学生たちが学ぶようにするためを想定してか、教員の言う語り(ディスクール)を書き取るという行為が要請された。現在にも続くこの教員のモノローグ→学生のノートテイクの流れは、ノートを取らない児童・生徒・学生の登場という「危機」を迎えながらも存続している。
個別学習の実施可能性は、この人々の受動的な「預金型」図式(この場合ノートテイク)が不要となり、真に「問題化型教育」を行うことが可能となる。
そうなったとき、教育は「対話」的可能性を人々に提起させるのである。つまり、「生徒であると同時に教師であるような生徒と、教師であると同時に生徒であるような教師」(Freire 1979:81頁)による、対話形式の授業の可能性である。これはイリイチのいう「相互親和的」制度〈convivial institution〉(Illich 1971:105頁)でもある。自学自習し、決して自身が「客体化」(フレイレ)されえない状態での学習を可能にするためだ。そして、知識習得という純粋に個人的営みはこのCAIで、知識の創造および探求という営みは教員—生徒、あるいは生徒間での対話による学習が可能となる。
Freire, Paulo(1970):小沢有作・楠原彰・柿沼秀雄・伊藤周訳『被抑圧者の教育学』、亜紀書房、1979。
Illich, Ivan(1971):東洋・小澤周三訳『脱学校の社会』、東京創元社、1977。