2012年 12月 の投稿一覧

「発達障がいを持つお子さんと関わるための10の法則」

12月29日、株式会社WHYさんのスタジオで録画してもらいました。

「発達障がいをもつお子さんと関わるための10の法則」と題し、

私・藤本研一が、発達障がいを持つお子さんと関わる際のコツについて、お話させていただきました!

日本ノマド・エジュケーション協会、念願のe-ラーニング業界へ、殴りこみです!

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現役の教員の立場から、発達障がいを持つお子さんと関わる際の「コツ」や「ポイント」について、(おそらく)わかりやすくまとめた映像コンテンツです!

総時間約3時間。

発達障がいを持つお子さんと関わる「10の法則」についてを語らせていただきました。

年末にカンヅメで録画。なかなか刺激的な経験となりました!

 

1月上旬、リリースの予定です!

ぜひお買い求めください。

 

詳しい詳細は後ほど!

「取りたい資格」と東京大学教育学部物語。

来年を迎えるにあたり、私が「取りたい!」資格をあげてみよう。

簿記3級……日本ノマド・エジュケーション協会の経理をつけないと。

心理カウンセラー系の資格(学校心理士など)……ひとつくらいは持っていたい。

特別支援教育関係の資格(特別支援学校教諭免許状など)……LDやアスペルガーなど、「発達障がい」について資格をもっていると、発言力が高まりそう。

社会調査士……社会学を大学院でやっていながら「取りそこねた」資格。学校で授業をする際、私は「統計」ネタを大量に使うので、その扱い方に根拠が必要かな、と思うため。

…こうして見ると、私は資格を持たないで生きてきたんだなあ、と思う。

私が持っているのは運転免許証(AT限定)と教員免許のみ。

教員免許だけは大学院に行った関係上、通常の1種よりちょっと価値の高い「専修」になっている。

・中学校社会科「専修」

・高校地理歴史科「専修」

・高校公民科「専修」

でも、世の学生は大学を出た時点で、私の持たない資格を多く持っている者がいる。工業系の高校だと、「危険物取扱者免状」などを持っている。

私が職場で会う福祉系の人たちは、当り前のように「ケアマネージャー」や「ホームヘルパー」などの多くの資格を持っている。

そういうことを考えると、私は素直に資格を持っている人を「尊敬」する。

でも、まあ、いいか。

東大のエピソードがあるし。

30年ほど前、東京大学教育学部内ではちょっとした「騒動」があった。

東大教育学部付属の中学・高校の校長を決める際の問題である。

慣例では東大教育学部の教授から、校長が選ばれる。

しかし、東大教育学部の教授で「選ばれる」資格のある人たちは誰も「教員免許」を持っていなかった。

あれこれ議論した結果、東大教育学部から校長になるべき人に「特別に」教員免許状を発行し、事無きを得たという。

資格を持たない私のような人間にとって、この東大の話を聞くと少し安心する。

下手な資格よりも、実績と「力」を持っていれば資格を超越できる。

資格のための勉強の「虚しさ」は大学受験で経験した。

だから、「もういいかな」と思ってしまうのである。

「学校に間に合わない」の恐怖。

私が大学2年からはじめ、今年の4月から(ほぼ)ほったらかしのブログ、

IshidaHajime’s blog(http://nomad-edu.net/)。

最近確認すると、なにげにアクセスが多いです。

合計ページビューが5万を何気に超えていました。

その中でも一番人気が、「たま」の名曲「学校にまにあわない」を評論したこのページ。

http://nomad-edu.net/?p=275

「脱学校」論者の藤本研一の面目躍如!

まだお読みでないかたは、ぜひ!

 

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B001OGSSVM/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&tag=ishidahajime-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B001OGSSVM

「アンケート」に隠された、3つの法則

私が高校教員として職場で一番学んだのは、「振り返り」の大事さだ。

私の職場ではイベントでもなんでも、何かの後には「必ず」といっていいほど、「振り返り」を行う。

 

「振り返り」、すなわち「リフレクション」である。

端的に言って「アンケート」と述べることにしよう。

 

授業のレポートに「アンケート」的な「感想」欄があるほか、「学校祭」や何かの後も振り返りをする。

その点を日本ノマド・エジュケーション協会のイベントでも行うようになった。

 

その結果、見えてきた法則が3つある。




 

1,リフレクションをすると、イベントの内容が内面化される。

 

これはまあ、当り前。

学んだこと/目にしたことを書き留めると、記憶に残る。

アンケートを書くと、人間は嫌でも「言語化」する。
言語化することは、記憶に残すための第一歩だ。

 

人間、「読めない」英単語を覚えることは出来ない。

Newspaperという単語も、「ニュースペーパー」という読み方と、「新聞」という意味を聞いているからこそ記憶に残るのである。

 

何かを記憶に残すには、アンケートなり日記なりで「言語化」することで、自分のなかで情報が整理される。

アンケートは究極の記憶定着装置なのである(おおげさだけど)。

 

 

2,アンケートを書く/書いてもらうと、結果的にイベント自体が「よい」ものに美化される。

この2の部分,実は一番「アンケート」をやる意味なのじゃないか、と(密かに)私は思っている。

 

 

「今日のイベントはいかがでしたか?」の質問に対し、

「4 とてもよかった 3 よかった 2 悪かった 1 とても悪かった」と書いてあれば、大体の人は「4」を選ぶに決まっているのだ。

特に少人数のイベントの場合、大体の人は遠慮から「とてもよかった」に丸をしてくれる。

 

人間、自分の行動から逃れることは出来ない。

心では「ああ、このイベント、いまいちだったな」と思っていても、アンケートを手渡され、「感想」を書く段になると、「とてもよかった」に「うっかり」丸をしてしまうに決まっているのだ。

 

そうすると、来て下さった人に対しても「ああ、なんか良かった点もあるかも知れない」と「合理化」してくれる。

 

世の中の数あるイベントには、やはり数あるアンケートがある。

アンケートをやっていながら、「読まない」という主催者を、私は多く知っている(私は全て読んでいます)。

「読まない」アンケートも、実はアンケートを書いてくれる参加者に、「このイベント、良かったかもしれない」という「誤解」や「解釈」をもたらしてくれる側面がある。

主催者側にとって、アンケートに1つでも「悪かった」の丸があると、ガクッと来る。

 

 

しかし、大体は「とてもよかった」に「だけ」、丸がついている。

そうすると、世のイベント主催者たちは「俺たち、頑張ったぜ!」とアンケートを見ながらガッツポーズをするのである(たぶん)。

 

 

3,イベントという「贈与」への「反対給付」となる

 

授業とは、単に一方的に与えられる「贈与」である。

しかも、送られる「贈与」を「断る」ことは出来ない(やりにくい)。

 

いやいや聞かされている人にとって、この「贈与」の一方性は「暴力」である。

何かを相手に「返礼」する義務が生じるからだ。

 

 

 

…これがバタイユの言う「贈与」の発想(『呪われた部分』)。

人間、一方的に贈与されると、なにかお返しをする必要があるという、隠れたルールをまとめたものだ。

もうすぐ来る年賀状も、来た以上、大部分の人が「返事」を書く。

そして郵便局だけが儲かる。

 

 

…それはともかくとして、一方的な「贈与」は「反対給付」をする機会がなければ、人間、落ち着かない。

 

授業やイベントの「アンケート」欄は、この「反対給付」を行なってくれる効果がある。

 

 

 

私にはこんな経験がある。

演劇を見た後、何故か「何もやっていない」自分に対し、虚しさを感じることがある。

舞台の役者は汗ダラダラで、全力を尽くして我々に演技を「贈与」してくれている。

でも私は涼しい部屋でただ見るだけ。

おまけに私は基本的に演劇は一人で行くため、誰かと話して虚しさをごまかすことも出来ない。

そんなとき、「虚しさ」を解消するのが「アンケート」なのである。

 

 

自分も何かやりたい。
自分も何か騒ぎたい。

イベントのあとの高揚感は、向かう先がないとすぐに「虚しさ」と軽いうつ症状をもたらす。

そんな現代人の悲しさを解消してくれるのが、「アンケート」という文明の利器なのである。




2012年を振り返る〜私と、日本ノマド・エジュケーション協会と、日曜バー〜

思えばこの1年、大変「長く」、密度の濃いものでした。

1月。

今年の1月は自身初のイベントとしての「英語でアブストラクト講座」を開催。

大学院の友人に来てもらい、「知ってそうで知らない」英文で論文のアブストラクトをかくための実践的な講習を行いました。

2月。

調子に乗って「ボイストレーニングセミナー」と「iBooks Author使い方講座」を開催。

そんな途中に修士論文提出→修士論文口頭諮問→早稲田教育学会にて発表→日本通信教育学会の偉い先生方の前で修論発表。

非常に発表しっぱなしな期間を過ごしています。

さて、2月は早稲田大学教育会主催の「シチズンシップ教育」のシンポジウムに運営側として参加。

共催先との折衝など、「大人」の世界を勉強する好機となりました。

 

 

 

3月は早稲田教育学会などで発表。

住処を探すため札幌に行き、「シェアハウスって、良くない?」と思い、住むことを決定。

 

ここまでで3月。
並行しながら水道橋のコーワーキングスペースのインターンを最後までやっています。

4月。

はじめての札幌生活。

シェアハウスBUIE学園前に住み、シェアハウスの仲間に対しての「札幌の歴史」授業や「朝活」(すぐ挫折したけど…)の開催、映画祭と称してドキュメンタリーを見るイベントの開催もしました。

4月は「日本ノマド・エジュケーション協会」を設立。

ブログも新調しました。

札幌市の市民活動団体登録も行いました。

「日本ノマド・エジュケーション協会」専用の投函口が札幌市に作られました。

5月。

日本ノマド・エジュケーション協会第1回のイベント開催。

北海道大学学生を雇って「さっぽろ鳥見の会」という、バードウォッチングを開催。

初回にしてはまあまあな出来。

6月。

脱学校の社会』読書会もやりました。

リビングで皆がメシを食う中で「いのちの食べかた」を流し、賛否両論のコメントを頂いたのも記憶にあたらしいことです。

7月。

いろんなイベントに顔を出しまくった時期です。

いわば「学び手」意識をもう一度持ち始めた時期です。

個人的に思いのある「教育キラクガタリ」の札幌開催もこの時期です。

「教育キラクガタリ」、いま現在は「教育パワーランチ」に(結果的に)発展し、月1回行なっています。

 

さてさて、8月。

このあたりからイベントの「インフレーション」が始まります。

若者協力事業所Link Nextの田中さんとの「つながり」「りんくる 夏の特別講座」に、「現場教員」として授業を持たせてもらいました。

 

小学生の男の子への、「お金」と「仕事」の授業。

 

「ヤクザという仕事を言い換えてみよう」など、仕事の言い換えや「お金はありがとうの印」など、社会的(?)な授業になりました。

そのまま、【「逃げ」の哲学!】を開催。

現在における「実践的な」哲学としての「逃げの哲学」を、参加者と考えるというディスカッションイベントです。

そしてそのあと、東京遠征!

東京ではいろんな人に会いまくり、でした。

完成したスカイツリーを、隅田川沿いで見にも行きました。

たまたま、近くにいたホームレスのお爺さんと異常に仲良くなりました。

「隅田川の橋の下から見るスカイツリーが、いちばん綺麗なんだよ」。

心に残る思い出です。

私自身初となる、私が語る講演会「私立通信制高校のリアル」。

参加者20名近くの前で、私の仕事の「エスノグラフィー」を発表です。

 

あ、8月からCoworking Cafe 36でバーテンをやり始めました。

初回の「うどんナイト」は日曜バーの「定番」イベントとなりました。

ありがとう、中野さん。

 

9月。

 

通信教育制度研究会の北海道開催の場で、発表させていただきました。

昨年まで大学院にいた者として、研究者の先生方の前で発表させていただけるのは大変ありがたいことです。

「北大で発表してきたんですよ」と、生徒に自慢も出来ましたし、ね。

 

Link Nextさんとの第2回合同イベント「ワカモノ×他世代 居場所論!」。

こちらも参加者とともに「現在における居場所論」を検討する楽しいイベントです。

子ども×教育タベリバ」も、10月から毎月開催しています。

ありがとうございます、田中さん。

10月。

絵本ナイトの開催。

バーテン業務もようやく慣れてきた頃です。

11月。

東京から知り合いの建築家の方を招いての「夢が叶う! 部屋の間取りセミナー」を開催。

「部屋の間取りを変えると、夢がかなうんです」をテーマに、自分が元気になる間取りの法則を、講義してもらいました。

ちなみにこのセミナー、私の部屋の間取りを大幅に変えることになりました。

それまで「部屋なんて、身体をしまうコインロッカーにすぎない。」が持論の私の生き方を、大きく変えることになりました。

部屋に「いたくなる」間取りにすると、精神的にも安心感をもたらすものです。

 

北星大で頑張っている木下さんに、「寿司ナイト」を開催していただいたのも11月。

またやってほしいな、と思っています。

 

11月17日は日本通信教育学会での学会発表!

私立通信制高校のエスノグラフィー」として、

通信制高校の現状と可能性を大いに発表しました。

(学校のブログではこちら

早稲田「外」でのちゃんとした学会の発表は、今回が初。

デビューにしてはまあまあの発表でした。

 

翌11月18日は東京でのシンポジウムイベント「ちょっと変わった学校を知ろう!」を開催。

こちらは早稲田の後輩の伊庭くんとの共催です。

フリースクール、デモクラティックスクール、定時制高校、通信制高校という4者が、一堂に会する「ありそうでなかった」夢のシンポジウム!

早稲田時代の知り合い・友人を含め、40名を超えるご参加。

「めちゃくちゃ勉強になった」など、ありがたいコメント、頂きました☆彡

ご協力いただいたカタリバ大学の皆さま、会場提供などありがとうございます。

 

12月。

特筆すべきは「スープカレーナイト」でしょう。

スープカレー屋さんtom tom kikirさんの全面的な応援のもと、お店の味を器も含めてそのまま、Coworking Cafe 36まで持ってきてもらいました。

担当の菅原さんはシェアハウスで私の隣に住んでいる人。

徹夜明けながら、見事にスープカレーを提供してくれました。

この月は完全に任せっぱなしイベントである「気軽に!コーチング講座」と、私が久々に「学者モード」で行った「ケアリング読書会」も行いました。

…こうして見ると、まあ色々やったものです。

本業はきちんとやっていますし、本業の方でも「気合を入れて」やった企画・イベント、多々あります。 

来年はさらに「魂の振動数」をあげていき、日本ノマド・エジュケーション協会を「ノマド・エジュケーション株式会社」に発展させるのが目標です。

…というわけで、今年2012年、本当にありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。

 

札幌で社会人になって気づいたこと。

今年は社会人1年目。
いろんなことに気づきました。

1,何かと忘年会が連続すること。

2,「承知しました」と言えず「了解しました」としか言えない人があまりに多いこと。

3,残業時間が何時からかわからないということ。

4,賞与と給与は違うということ。

5,源泉徴収で恐ろしく持っていかれること。

6,日本学生支援機構の奨学金は返済を一切待ってくれないこと。

7,札幌人は雪に「感動」しないこと。

8,Facebookに職場関係者から友達申請が来た時、いろいろ困ること。

9,仕事と鬱病はかなり関係性が深いこと。

10,学生と違い、社会人のほうが気軽にイベントを企画できること。

今年ももう終わります。

今年1年は私の中では「壮大なおまけ」でした。
昨年の8月までは博士課程進学を考えていたため、
まさか2012年に高校教員をやっているとは思わなかったためです。

通信制高校のフィールドワークを行えた意味でも、
実りの多い1年でした。

台湾ナイト、開催です!

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本日、Coworking Cafe 36では「台湾ナイト」を開催中!

Coworking Cafe 36の「上」に住む、
台湾出身者と台湾留学経験者に、腕をふるってもらいます!

「胡麻油風味の鶏素麺」¥500-が人気です!

今夜23:00までですので、
ぜひお越しください☆彡

【イベント】気軽に!コーチング講座

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いま、巷で話題の「コーチング」。

相手を伸ばすこの技法を、今日は楽しく気軽に学ぶイベント、開催しました!

会場はCoworking Cafe 36

コーチングの理念にかなう、少人数でじっくり進めるイベントとなりました。

参加者の方からは次の感想を頂きました。

「講師の教え方が判りやすかったです」

「コーチングの基本的な考え方を学べました。こういう感じで、
いろんな物事に触れるきっかけをつくっていけるのは素晴らしいと思います」

希望があればまた次回の開催も行いたいと思います!

講師をお引受け下さった八木様、ありがとうございます!

教員の「仕事」論

日曜日。
「部活動」を持っていない教員にとっては
休日である。

休日になると、「教員」の仕事とは何か、
ふと思うことがある。

教員の仕事は何をすることか?

それに対する答えは次の通り。

我々教員は「場」を作り、
「友達」どうしの「つながり」を強化し、
一人ひとりが必要な支援を受けられるよう「環境整備」し、
生徒の「自己学習力」と「コミュニケーション能力」を醸成することが
仕事である。

こう書くと、教員の仕事なんて
「環境整備」くらいしかないことに気づく。

結局は生徒自身が「気づき」、
「学ぶ」ことが教育の本義である。

これは学校のみに逗まらないだろう。
「学校」を超え、セミナーや勉強会でも
この原則は必ず当てはまるはずである。

「同世代」に思うこと。

高木心平さんといい、イケダハヤトさんといい、
最近Web界隈でお話を聞く方は「ほぼ同世代」。

ちなみに私も「ほぼ同世代」(88年2月生まれ)。

なおかつ自分も「早稲田」出身。

…私がほそぼそと講演会企画サークルで「活躍」していたとき、
同じキャンパス内にこういった「すごい」人たちはいた。

考えると面白いことだ。

こういう「偶然」性も、
大学にいくことの「楽しさ」の1つだと思う。