2012年 4月 の投稿一覧

非日常性について

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非日常性について

教育をつまらなくさせている最大の原因はなんだろうか。

教育的関係が固定化し、教育を受けることが権利ではなく
「重荷」、つまり日常になっているということにある、というのが私の回答だ。
学校に入った以上、毎日人は学校にいく。
そのため学校はつまらない苦痛の空間と堕してしまう。
人々に自由に生きるための力を提供するのが義務教育であったはずが、
その「自由」が重荷となってしまうのだ。(『自由からの闘争』)
もし学校が「非日常」の空間ならばどうか。
学校行事前の高揚感は「非日常性」がもたらすものである。
教育に常に真新しさをもたらし、
教育的関係が「日常」に堕することを排除していくことが
ノマド・エジュケーションのキーとなる。
問題なのは「非日常」が日常化したあと、どうするか、という点がある。
ディズニーランドは「非日常」だが、何度も行くファンにとっては「日常」となる。
その「日常」に「非日常性」を出すため、ディズニーランドはアトラクションをどんどん作り、
敷地面積も広げていった。
非日常を非日常たらしめるためには、
不断の工夫と努力が必要なのである。

ノースサファリサッポロに行く。

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ノースサファリサッポロに行く。

友人の車で定山渓温泉そばにあるノースサファリサッポロに行った。

一見、「動物園っぽくないなあ」という場所だった。
それは、すごく狭い上に園を遮る壁がなく、どれも小規模なパーツで
構成されているためである。
外から見ると、「え、こんなところが動物園なの?」という場所である。
実際に行ってみると動物と触れ合う事ができるという、
「ここだけでしか出来ない」という特別な体験が出来るため、
非常に満足できる場所だった。
ヘビやワラビーに触ることも出来たし。
狭くてもテーマパークは出来る。
それを感じた。
逆にあの内容を、たとえば上野動物園クラスの場所で行うと、
内容は同じでもつまらなくなってしまう。
狭いからこそ、賑わいを簡単に示すことができる。
他のお客との身体的距離が近いため、
「自分もこの集団に参加している」という感覚を容易に得ることができる。
イベントを開催する際にも、あえて小さなサイズで行うこのも大切なのかもしれない。

ホスピタリティ論。

ノマド・エジュケーションにとって重要な要素について、

これから数日に分けて検討していきたい。

 

ノマド・エジュケーションのキーワードには以下のものがあげられる。

 

①ホスピタリティ

②非日常性

③フロー経験・没我経験

④ネットワーク

 

まずはホスピタリティから検討したい。

 

ホスピタリティについては近年、各分野から考察がなされるようになってきている。

なお、本稿山本哲士の『ホスピタリティ原論』に影響を受けている点を先にことわっておきたい。

 

ホスピタリティとはサービスを超えたサービスである。

サービスは画一性を持っている。

「お客」であればすべての人にもたらされる。

 

ホスピタリティは異なる。

他者に応じて、必要とされるものを提供していく姿勢である。

「もてなし」の姿勢でもある。

 

他者に必要とされることを想像し、

その実現を行なっていく態度である。

 

このホスピタリティは、

人に応じて必要とされる教育サービスを提供する意味で

ノマド・エジュケーションのキーとなる。

 

ただ単に「学ばないといけないから」やるのではなく、

本当にその内容が必要だとわかり、

あるいはその内容の学習が楽しいというメッセージを伝えていく

教育のあり方である。

 

ホスピタリティということばは元々「ホスピス」から来ている。

死に逝く人の枕元で、最後の願いを叶える、という姿勢である。

 

今にも死にそうな人が「ラム酒を飲みたい」といったら、

たとえ高速道路を使ってでも願いを叶えようとするだろう。

ホスピタリティもこの枕元(=臨床)の場において求められるものを

うまく提供していく姿勢を意味する。

 

ホスピタリティが重視するのは、ホスピタリティを提供する相手は

本質的には「敵」である点だ。

 

そう、お客は「敵」なのだ。

 

「敵」だからこそ、理不尽な要求を行う。

「敵」だからこそ、事を荒立てずにものごとを解決すべきなのだ。

 

戦わずして相手に満足を提供する。

それがホスピタリティの本質である。

 

学校においても「モンスターペアレント」が騒がれている。

現場の教員は「問題だ」という接し方をすることが多い。

 

しかし、ホスピタリティの考え方からすれば、顧客がわがままをいうのは

「当り前」なのである。

なぜなら顧客は「敵」だからである。

 

「敵」だと認識するところから、

「どうすれば表立った対立をせずに解決できるか」

という知恵が導かれるのである。

 

どこまでも個人に立脚し、

個人が求める教育を提供する姿勢。

それこそがノマド・エジュケーションである。

ホスピタリティ論。

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ホスピタリティ論。

ノマド・エジュケーションにとって重要な要素について、

これから数日に分けて検討していきたい。
ノマド・エジュケーションのキーワードには以下のものがあげられる。
①ホスピタリティ
②非日常性
③フロー経験・没我経験
④ネットワーク
まずはホスピタリティから検討したい。
ホスピタリティについては近年、各分野から考察がなされるようになってきている。
なお、本稿山本哲士の『ホスピタリティ原論』に影響を受けている点を先にことわっておきたい。
ホスピタリティとはサービスを超えたサービスである。
サービスは画一性を持っている。
「お客」であればすべての人にもたらされる。
ホスピタリティは異なる。
他者に応じて、必要とされるものを提供していく姿勢である。
「もてなし」の姿勢でもある。
他者に必要とされることを想像し、
その実現を行なっていく態度である。
このホスピタリティは、
人に応じて必要とされる教育サービスを提供する意味で
ノマド・エジュケーションのキーとなる。
ただ単に「学ばないといけないから」やるのではなく、
本当にその内容が必要だとわかり、
あるいはその内容の学習が楽しいというメッセージを伝えていく
教育のあり方である。
ホスピタリティということばは元々「ホスピス」から来ている。
死に逝く人の枕元で、最後の願いを叶える、という姿勢である。
今にも死にそうな人が「ラム酒を飲みたい」といったら、
たとえ高速道路を使ってでも願いを叶えようとするだろう。
ホスピタリティもこの枕元(=臨床)の場において求められるものを
うまく提供していく姿勢を意味する。
ホスピタリティが重視するのは、ホスピタリティを提供する相手は
本質的には「敵」である点だ。
そう、お客は「敵」なのだ。
「敵」だからこそ、理不尽な要求を行う。
「敵」だからこそ、事を荒立てずにものごとを解決すべきなのだ。
戦わずして相手に満足を提供する。
それがホスピタリティの本質である。
学校においても「モンスターペアレント」が騒がれている。
現場の教員は「問題だ」という接し方をすることが多い。
しかし、ホスピタリティの考え方からすれば、顧客がわがままをいうのは
「当り前」なのである。
なぜなら顧客は「敵」だからである。
「敵」だと認識するところから、
「どうすれば表立った対立をせずに解決できるか」
という知恵が導かれるのである。
どこまでも個人に立脚し、
個人が求める教育を提供する姿勢。
それこそがノマド・エジュケーションである。 

クラウディウス・ザイドル『サザンな大人たち』主婦の友社, 2006。

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クラウディウス・ザイドル『サザンな大人たち』主婦の友社, 2006。

内田樹が『大人のいない国』という対談本を出しているが、
本書もその流れに乗っている。
いま我々はいつまでも「若い」ことが求められる。
社会全体が若さを求め、「いい歳」をした大人であっても
20代前半の若者と同じくクラブに行き、朝まで踊り続ける。
そんな「「青二才の種族」の出現と同時に、別の種族が消滅してしまった。「巌のように偉大な人物」である。彼らは今どこにいるのだろうか?」(91)
日本のみならず先進国では若者的な人物のみが存在するようになった。
兼好法師が『徒然草』を書き始めたのは20代後半からであった、という。
若いのに「年取った」フリをして、世の中を見つめていた。
こういった態度はもはや求められていないのかもしれない。
実際、私は教員だが「教員」という生き方は常に若さを求められる。
「若い」だけで技術がなくとも、「若い」教員には人気が集まる。
社会全体が教員の世界と同様になりつつあるのかもしれない。

ネル・ノディングス『教育の哲学 ソクラテスから〈ケアリング〉まで』宮寺晃夫監訳, 2006世界思想社。

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ネル・ノディングス『教育の哲学 ソクラテスから〈ケアリング〉まで』宮寺晃夫監訳, 2006世界思想社。

ネル・ノディングスの発想は
「ノマド・エジュケーション」を考えていく上での福音である。

「真実の教育は、教育される者の狙いとエネルギーに関わっていくものでなければならない。そのような関わりをたしかなものにするために、教師はケアと信頼の関係を築かねばならないのであり、そのような関係の中で、学生・生徒と教師は協力して教育の目的を築いていくのである」(329)

「ケアの倫理学は真に自律的な道徳主体という概念を拒絶し、道徳的な相互依存性という現実を受け入れる。私たちの善さと私たちの成長は、私たちが出会う他者のそれと切り離されることなく結びついている。教師として私たちは、学生・生徒が私たちに依存しているように、学生・生徒に依存しているのである」(330)
「デューイに従えば、教育の目的はさらなる教育である。そうであるから、教育は究極目的としても手段としても機能する」(47)
「今日、マイノリティと貧困層は、自分自身の地理的コミュニティの中でしだいに孤立しており、コミュニケーションは孤立した単位の間に分断され、その中でそれぞれ政治的決定がなされようとしている」(282)
「教師は学生・生徒たちに、共同作業の第一の目的は互いに助け合い、理解し合い、分け合い、支えあうことである、とはっきりというべきである。共同学習の目的は、必ずしも学科の学習ではないのである」(321)
「信頼と継続性が不可欠であるから、私は、教師と学生・生徒は相互の合意のもとで、数年間ともに過ごすべきだと提案してきた。ケアの倫理学によって指導される道徳的な生活は、ケアリング関係の確立と維持と向上に意を注がなければならない」(323)

間伐ボランティア・札幌ウッディーズ

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間伐ボランティア・札幌ウッディーズ

ノマド・エジュケーションとは、
学校という空間によらず、
いろいろな人間関係の中で生起する
「学び」「教育作用」を誘発していく教育のことです。

事務局長自身が実行していこうと思っております。
そんなわけで、今日は札幌ウッディーズという団体の
活動に参加いたしました。

間伐ボランティアって、ご存知でしょうか?
山に植林をするボランティアはかなりあります。
ですが、これは植えるだけで終わってしまうことが多いです。

木を沢山植えると、当然ですが木が沢山育ちます。
そうなると木1本あたりの根っこの数が小さくなります。
洪水や地震の際、根っこが少ない分、山が崩れてしまうことになってしまいます。

林業でも間伐が必要なのですが、後継者不足と
海外からの輸入木材に勝てず、植林して放置されてしまっている場所が
多くあるのです。

ちなみに私の実家(兵庫県多可町)でも数年前、
山崩れが起きました。
帰省した時、見事な禿山になっており、驚いたことを覚えています。

私が本日参加した「札幌ウッディーズ」は、
間伐をはじめ山林を元気にする活動を行なっています。

今日は服装を間違え、
革ジャン・革靴という「山をナメた」
格好で参加してしまいましたが、
それはそれで社会勉強でした。

担当して下さった方が語っていたように、
「汗をかき、翌日筋肉痛になる」活動でしたが、
山と触れ合えて充実した休日になりました。

特に面白いのがチェーンソーでの間伐作業。
5メートルほどある木を切り倒します。
なかなか倒れません。
数分後、急にメキメキと音を立て、木が倒れます。
ものすごい音がします。

間伐する木が倒れる時、
近くの木を巻き込んで倒れることがあります。
そのときの様子は迫力があります。

けっこう非日常な体験のできるボランティアでした。

*札幌ウッディーズhttp://sapporo-woodies.org/

小樽にいます

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小樽にいます

小樽運河沿いのドイツビール店でノマド・ワーキング。

なんとコンセントを使わせてくれた。
ありがたい!
ドイツビールとプレッツェルの
贅沢な食事です。

札幌ウッディーズ

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札幌ウッディーズ

間伐ボランティアって、ご存知でしょうか?
山に植林をするボランティアはかなりあります。
ですが、これは植えるだけで終わってしまうことが多いです。
木を沢山植えると、当然ですが木が沢山育ちます。
そうなると木1本あたりの根っこの数が小さくなります。
洪水や地震の際、根っこが少ない分、山が崩れてしまうことになってしまいます。
林業でも間伐が必要なのですが、後継者不足と
海外からの輸入木材に勝てず、植林して放置されてしまっている場所が
多くあるのです。
ちなみに私の実家(兵庫県多可町)でも数年前、
山崩れが起きました。
帰省した時、見事な禿山になっており、驚いたことを覚えています。
私が本日参加した「札幌ウッディーズ」は、
間伐をはじめ山林を元気にする活動を行なっています。
今日は服装を間違え、
革ジャン・革靴という「山をナメた」
格好で参加してしまいましたが、
それはそれで社会勉強でした。
担当して下さった方が語っていたように、
「汗をかき、翌日筋肉痛になる」活動でしたが、
山と触れ合えて充実した休日になりました。
特に面白いのがチェーンソーでの間伐作業。
5メートルほどある木を切り倒します。
なかなか倒れません。
数分後、急にメキメキと音を立て、木が倒れます。
ものすごい音がします。
間伐する木が倒れる時、
近くの木を巻き込んで倒れることがあります。
そのときの様子は迫力があります。
けっこう非日常な体験のできるボランティアでした。
*札幌ウッディーズhttp://sapporo-woodies.org/

【イベント】さっぽろ鳥見の会

自然に触れ、自然から学ぶ。
ノマド・エジュケーションの一つのあり方です。

今回は「都市・札幌」でも手軽に自然に触れ合える、
バードウォッチングのイベントをご紹介致します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最近、「鳥」を見てますか?
手軽に自然に触れる方法、それが鳥見(とりみ)ことバードウォッチングです。

札幌市内の円山公園では、いろんな野鳥が見れます。
見るのは簡単です。
でも、「あの鳥はシジュウカラですよ」などと、
解説付きで見たいとは思いませんか?

5月27日㈰、専門家による解説付きでバードウォッチングをやりましょう!

専門家いわく、
「夏が近づくと葉っぱが茂るので、あんまり鳥が見れなくなります。
5月下旬がバードウォッチングのベスト・タイミングです」とのこと。

手軽にバードウォッチング、はじめませんか?

詳細はこちら。
ご参加、お待ちしております!

●日時:2012年5月27日 (日)
集合8:50
9:00開始(〜11:00終了予定)
☆小雨決行です

●集合場所:地下鉄東西線 円山公園駅 改札前集合
(役員が8:30から「札幌鳥見の会」と書いた紙を持ってお待ちしております)

●会場:円山公園(地下鉄東西線 円山公園駅そば)

●費用:一人1500円(学割1000円)*資料代・参加費込

●持ってきていただきたいもの:双眼鏡(オペラグラスも可。お持ちでしたらご持参ください)

●申込先:次のURLにアクセスください。

http://kokucheese.com/event/index/34341/