2007年 10月 の投稿一覧

携帯考

電子辞書は、たいてい皆カバーに入れている。

同じくらいの金額の携帯電話は、カバーをつけない。

圧倒的にやすい本(特に文庫本)には、皆カバーをつける。

何故だ? 大事にすべきは携帯ではないのか? 本って、破れても読めるぞ? 携帯は壊れたらおしまいだぞ?

無意味なものにも、価値付けを!

無意味なものにも、価値付けを!

一見無意味なものから、多くの発見があった。無意味なものを「無価値」として切り捨てていては、新たな発見はないかもしれない。だからこそ、一見無意味に見えるものを、大事にしていく態度が必要となるだろう。意味がないからといって、なくしていい訳ではないからだ。

ドラえもんに出てくる空き地。大人から見れば、「売れ残りの土地」である。無意味な物件だ。しかし、子どもたちには大事な「遊び場」(テレビ朝日版「ドラえもん」は、いきなり「空き地がなくなる!」という、子どもにとってショッキングな出来事から始まったことを考えていただきたい)。

一見、無意味なものを切り捨てていくのはやめよう。邪魔なものでないなら、残そう。「変えて意味のないものは、変えないほうがいい」と兼好法師も行っている(「改めて益なきことは、改めぬをよしとするなり。『徒然草』第127段)。

教師像

教師が生徒に「これを覚えよ」という前に、自分が覚えているのか?
教師が生徒に「勉強しろ」という前に、自分が勉強しているのか?
教師が生徒に「ウソをつくな」という前に、自分がウソをついてはいないか?

教師はときたま、生徒に自分もできていないことを要求する。俺はその態度をやめたいと思う。教師なら、難しくとも自分の理想に挑戦している姿を生徒に示す。そして、「難しいけれど、僕も理想をかなえようと努力しているから、君たちも努力して行ってほしい」と訴えられる教師になりたい。

右も左も

右か左かよりも、「右も左も」のほうがいい。このほうが、豊かである。このバランスは信仰や哲学を根底に考えていけばいい。

めざめるパワー

眠いとき、いかに目を覚ますか。多くの人の悩みである。

私は
目薬、フリクス
にしているが…

ひとつより、ふたつ

ひとつより、ふたつのほうがいい。最近よくそう思う。

「これしか方法がない」より「他にも道がある」ほうがいい。

「こうでなければならない」よりも「こんな道もある」ほうがいい。

別の選択肢のある社会こそ、豊かな社会だと思うからだ。

言葉遊び

七三ならぬ、九七分け。

意外に同じくらいの髪型ではないだろうか。

チェリー

桜新橋にいった。街の名前をいかしてか、「チェリー新橋」というアパートがあった。

チェリーって…多分オレなら住まないな、と思った。

「オレ、チェリー新橋で同棲してるんだぜ」といえないしな。

アフィリエイト

このブログに、ようやくアフィリエイトをつけることに成功した。

説明文をよく見る。あたりまえだが自分で自分のサイト広告を見るのはルール違反らしい。

しっかりしている、と感じた。

発音

世界史の授業。こう聞くと、何故か先生のムアーウィアの発音が思い出される。
教育とは教えられたものをすべて忘れても残る何かである。こんなことばがある。ここでいう「何か」は、この発音かもしれぬ。