オルタナティブスクール

小中さんのブログより。

小中さんの「小春日ダイアリー」の内容がすばらしかったので、今回はそれを貼らせていただいて、自分の考察を述べようと思う。アドレスはこちら

ライマーとイリッチの学校の定義

こんばんは、本日は以前ふれたエヴェレット・ライマーとイリッチ、二者の脱学校論者の学校観を彼らの著書からみていこうと思います。

ライマー
「段階づけられたカリキュラムの学習のために、教師が監督する教室に特定の年齢群の者が常時出席することを要求する機関[1]
イリッチ
「特定の年齢層を対象として、履修を義務づけられたカリキュラムへのフルタイムの出席を要求する、教師に関連のある過程[2]

二人の学校の定義から共通項を書き出すと以下のようになる。

  • フルタイムの出席、義務制
  • 特定の年齢群の生徒
  • 教師
  • カリキュラムの学習
  • こ の要素からわかることは、子どもは子ども時代を学校にささげなければならず、その多くの時間を同学年の者だけと共有し、国家のような権威のあるシステムが 定めたカリキュラムを教師を仲介し、学習するということだ。そしてその場は「学校」であるということだ。さすがにライマーとイリッチは二人で研究してきた こともあって、このような定義に差異はないだろう。
    またこのことからも導き出せるが、彼らの研究の主な対象はこの定義にもとづく「学校」であり、この定義に基づかないものは、議論から外れることになる。

    公教育の成立でポイントとなったのは①機会均等②義務制③宗教的中立であったが、脱学校論で彼らが指摘したのは、②義務制であった、というのが上記より見出せる。

    ま た、話は変わるが、近代から現代の流れ(第三の波の到来)をみるなかで、その新たな社会の創造がなされるなかで、近代(モダン)の制度象徴としての「学 校」が現代(ポストモダン)では適当な仕組みであるのか。そのことへの疑問から生まれた問題提起から新たな学校に変わる仕組みの提案、つまり、これが脱学 校論なのではないだろうか。

    何を話してるのかわからなくなった。眠い。

    また編集します。ではまた。。

    [1] エヴェレット・ライマー著、松居弘道訳『学校は死んでいる』晶文社、1985年、60頁。

    [2] イヴァン・イリッチ著、東洋・小澤周三訳『脱学校の社会』(現代社会科学叢書)、東京創元社、1977年、59頁。

    投稿者 小中春人 時刻: 23:59
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    1 コメント:

    いしだ・はじめ さんのコメント…

    おつかれさまです。

    「義務制」がポイントだったんですね。

    フリースクール(といってもいっぱいあるので、東京シューレ)は、

    ①来ても来なくてもいいし、いつ帰ってもいい(「フルタイムの出席」は当てはまらない)
    ②無理していくところでなく「もしあわないならホームエジュケーションなんてのもありますよ」という(「義務制」ではない)
    ③下は6歳、上は20歳まで異なる年齢層の人たちがいる(「特定の年齢群の生徒」はいない)
    ④何かを教えようとしない「大人」と過ごす場所である(教員免許を持つ者はいるが、教えようとする「教師」はいない)
    ⑤学ぶこと、過ごす内容が自由(「カリキュラムの学習」はない)

    こうしてみると、フリースクールはライマーやイリッチの言う「学校」定義から全て外れていることが分かる(「サポート校」や塾形式のフリースクールは無論外しますよ)。

    いやー、小中さんがまとめてくれたお陰でフリースクールの定義が分かりやすくなりました。ありがとう。

    O先生のおはなし。

    O先生に今後の研究の方針についてのご意見を伺う。以下はその聞き書きだ。自分の考察もついでに書いてあるので、見にくければごめんなさい。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ●下の文献は読んだ方がいい。
    『学校をなくせばどうなるか?』:イリッチの『脱学校の社会』に対して出された批判をまとめたもの。私はこの本のイリッチの書いた部分しか読んでいないので、全編を読もうと思う。
    『教育と学校を考える』:O先生が編者をつとめて本。「けっこう売れた」とのこと。この中のオルタナティブスクールの箇所を読むことにする。
    『アメリカ資本主義と学校教育』:ギンテスとボウルズが書いた本。岩波から翻訳が出ている。『学校をなくせばどうなるか?』の影響を受けている本。
    『学校は死んでいる』:ライマーの書いた本。英語名はSchool is dead。イリッチと共同研究をしたことがある人物。けれど小学校の教員をやった経験があるため、理論はイリッチよりも分かりやすくなっている。
    ●イリッチは脱学校化をいおうとしたが、それは主たる目的ではない。本来は脱制度化と「資本主義と官僚制の批判」を言おうとした。
     イリッチは物心崇拝との言葉で現状の社会を批判した。それは全てが金で換算される社会への批判である(内田樹もフェミニズム批判の文脈の中で同様の発現をしている)。「癒し」ブームも、これが金というモノサシで測られた資本主義社会ゆえのブームである。
    ●大学院では学部以上に、自らのテーマがないと何の意味もなくなる。受け身になると、何も学べないのだ。教えてくれるのを待つ姿勢であってはならない。自分で集中して研究する姿勢が大切だ。
    ●研究者になるならば、①自分のやりたいテーマを育て、②語学を1つ極めると、幅が広くなる。
    →私は①はフリースクール、②は英語をやっていきたい。①は毎日ブログに書く形で研究している。しかし②はどうやって勉強しようか? i podに英語教材を入れてそれを聞くくらいしかできていないのだ。
    ●中世から続く「青年団」も、ある意味フリースクールであった。寺子屋もそうであった。自発的に人々が学ぶというサークル活動でもあった。こういう団体ならば世界中にある。
     このような草の根的フリースクール活動は昔からあるが、学校へのカウンターパートとしてのフリースクールは比較的新しい。
    ●フリースクールの起こりは東京シューレにしてもどこにしても、「自分の子どもをあんな学校に入れたくない」という思いから始まっている。
    ●現在、学校への不適応はそのまま「社会への不適応」も意味する。
    ●「学校でなければならない」という思いから外れる人にあわせて創られたのがフリースクールである。
    ●学校を絶対視してはならない。日本の学校はせいぜい130年くらい。それよりも圧倒的に長い期間(「青年団」などを入れると、ということである)、フリースクール的な学びがあった。
    ●商人が自分の職業や礼儀を学ぶために創ったのが実学思考の寺子屋である。これはフリースクールであった(本年1月11日のフリースクール全国ネットワークでの汐見先生の講演も、テーマはここにあった)。
    ●いま、いろんな形でフリースクールはある。それらは何故作られたのであろうか? その背景には受験戦争などの学校の荒廃がある(アメリカではスプートニクショック後の理数重視の教育への反発や公民権運動などで生まれたマイノリティー救済の発想が背景にある)。
     では、何故これらがあったのだろうか? 学校内だけでなく、社会的背景がある。これを踏まえた上でフリースクールを研究するといい。
     その中では、イギリスのサマーヒル、フランスのフレネ、ドイツのシュタイナーについてなど、個々の思想家が考えたフリースクールについても視野に入れていく必要がある。
    ●デモクラシーには2つの側面がある。①草の根のデモクラシーと、②輸入思想としてのデモクラシーである。
     ①は人々の中でじわじわ育っていった発想である。共同体の中でのルールであるなど、デモクラシーという語が使われないことすらある。②は大正デモクラシー期や戦後民主主義導入期など、外からもたらされた思想である。
     よく②のみがデモクラシーと考えられているが、人々の生活の中にも①的なデモクラシーの発現があった。
     ①と②、両方が必要なのである。
     明治の近代化は②のみで達成されたのでなく、①があったからこそ実現できたところがある。
     識字率の低いところで学校は作れない。日本は①的な価値を実現する寺子屋などにより、識字率が高かった。また知識のある人もそれなりにいた。そのため、近代学校を始める際も人的インフラは整備されていたのだ。
     フリースクールもそうだ。「草の根」的発想も「海外思想」を生かした発想も、両方があいまってフリースクールができている。
    ●教育は政治そのものである。中教審も政治の問題に基づき、教育の中身を決めている。教育に政治的中立性はない。そして政治は経済(つまり資本主義)につながっている。
    ●デューイは学校の中だけで教育を考えていた。その点をボウルズやギンテスらが批判している。本来は学校だけでなく、社会全体の変革が必要なのである。
    ●フリースクールの 歴史についてをまとめた研究はまだない。フリースクールの実践は各自細切れなものしかないからだ。年表をつくるだけでも意味がある。

    日本フリースクール協会とフリースクール全国ネットワーク

    ●フリースクールに関しての全国団体には2つがある。日本フリースクール協会とフリースクール全国ネットワークの2つである。

    ●両者は何が違うのかを比較してみる。

    はじめに日本フリースクール協会(JFSA)。こちらは「日本初のフリースクールのネットワーク団体」と謳っている。自団体についての説明を見る。https://www.t-net.ne.jp/~eisei/jfsa/jigyou/jigyou.htmlより。

    1998年5月に発足したNPO法人日本フリースクール協会は「不登校」・「引きこもり」等に対して、学校教育の枠にとらわれない「学びの場・居場所作り」を目指して活動している教育機関です。活動は年間数回のセミナー・相談会を実施しております。

     続いてフリースクール全国ネットワーク(通称 フリネット)。こちらは私がボランティアをさせていただいている場所だ。https://www.freeschoolnetwork.jp/#%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%89%E3%81%9B

    NPO法人フリースクール全国ネットワークは、日本全国の、子どもの立場に立ち活動するフリースクールをつなぐネットワーク団体として2001年2月3日に誕生しました。各地のフリースクール・居場所、または世界中のフリースクールとの架け橋として活動しています。

    発足年では日本フリースクール協会の方が3年ほど早い。

    ●正規団体数はどうか?

    日本フリースクール協会は41団体。
    フリースクール全国ネットワークは45団体。

    若干、フリースクール全国ネットワークの方が多い。

    ●続いて、役員についてみていく。
    日本フリースクール協会の役員。https://www.t-net.ne.jp/~eisei/jfsa/bosyu/itiran.htmlより。

    理事長 武藤 [NPO法人 楠木の学園]
    副理事長

    中島 [ K&K ]
    副理事長 難波 [カナディアンアカデミー]
    理事 月岡 [相模湖フリースクール]
    理事 荒井 [東京国際学園高等部]
    理事 高橋 [登校拒否文化医学研究所]
    理事 木谷 [日本アウトワードバウンド協会]
    理事(事務局長) 田中 [フリースクール ゆうがく]
    理事 須藤 [須藤教育研究所]
    理事 高栁 [茶屋町総合学習センター]
    理事 川合 [フリースクール英明塾]
    監事 雨宮 [フリースクールあおば]
    理事 吉田 [学舎直夢]
    理事 長森 [渋谷高等学院]
    理事 平井 [W・S・Oセンター]
    理事 梅津 [特定非営利活動法人フリースクール ゆうゆう]
    理事

    馬場 [フリースクール ぱいでぃあ]

    理事 幸田 [ウォーム・アップ・スクール]
    理事 坂詰 [NPO法人 和泉自由学校]
    理事 後藤 [Xing(クロッシング)]
    理事 丸山 [フリースクール育心塾]
    理事 矢吹 [マインドヘルスパーソナリティセンター付属健康学園]
    理事 山本 [YGS高等部]


    フリースクール全国ネットワークの役員についてはhttps://www.freeschoolnetwork.jp/history/history.htmから引用する。

    各地のフリースクールの代表者が理事を務めています。
     <特定非営利活動法人フリースクール全国ネットワーク役員>
    代表理事 奥地圭子(NPO法人東京シューレ理事長)
           増田良枝(NPO法人越谷らるご理事長)
       理事 江川和弥(NPO法人寺子屋方丈舎常務理事・事務局長)
           木村清美(フリースクールヒューマンハーバー主宰)
           高橋徹(フリースクール僕んち代表理事)
           田辺克之(神戸フリースクール代表)
       監事 児玉勇二(弁護士)       

    ●加盟団体で見ると、日本フリースクール協会にはサポート校などの「学習」寄りの者が多い。「対人関係の回復」など、ある意味の学校復帰色が強い。また「このフリースクールではこういうことが学べます」ということを謳っているフリースクールがおおい(あくまでネットで見た限りです)。 けれど、フリースクール全国ネットワークは「過ごす」ことを重視したフリースクールが多いのだ。子どもが自由に過ごし、学びたいときに学び、遊びたいときに遊び、帰りたいときに帰る。こういう色が強い。

    なりますというフリースクールは両団体に加盟。ポケットフリースクールも両団体加盟である。両者の壁は意外に薄いのかもしれない。

    追記
    ●ネットで調べていると、日本オルタナティブスクール協会というものもあった。こちらはサポート校の集まりという色がハッキリ出ている。8「校」が加盟。こっちははっきりと「加盟校」という。学校扱いなのだ。学校色の薄いフリースクールならば「団体」という言い方をよく使う。
     下は団体の説明をしているページ。協会のウェブサイトよりもってきた。

    これまでの学校教育における、「いじめ」「不登校」「校内暴力」などの様々な歪みや弊害を改革するための教育活動を行い、全国に広がっている通信制サポート校。
    その通信制サポート校が、厳しいガイドラインを設け、自主規制を行いながら、行政や社会に対して認知活動を行うことを目的に、1996年、全国通信制サ ポート校協議会を発足させました。そしてこの協会が、より幅広い活動をするために、またより明確に会のあり方を示すために、2000年3月1日付をもって 名称を変更し「日本オルタナティブスクール協会」とし、現在に至っております。

    ●「学習」寄りか、「過ごす」寄りか。日本フリースクール協会とフリースクール全国ネットワーク、日本オルタナティブスクール協会の3者を立て分けると次のようになるだろう。
    「学習」寄りの順には、
    日本オルタナティブスクール協会・日本フリースクール協会・フリースクール全国ネットワーク、となる。

    『脱学校の社会』を読む②(はじめ〜30頁まで)、あるいは「価値の制度化」論。

    昨日に引き続き、ディスプレイに向かって独り酒。〈クリアアサヒ〉がセブンイレブンに無かったので、〈のどごし生〉を飲んでいる。まあ旨い。常にビールの飲める境涯になりたいものだ。

    閑話休題。

    イリイチの『脱学校の社会』を見ていく。なお、議論の定本は東京創元社発行、東洋・小沢周三訳のものである。

    1 なぜ学校を廃止しなければならないのか

    ●「多くの生徒たち、とくに貧困な生徒たちは、学校が彼らに対してどういう働きをするかを直感的に見ぬいている。彼らを学校に入れるのは、彼らに目的を実現する過程と目的とを混同させるためである」(13頁)
       ↓
    「『学校化』されると、生徒は教授されることと学習することとを混同するようになり、同じように、進級することはそれだけ教育を受けたこと、免状をもらえばそれだけ能力があること、よどみなく話せれば何か新しいことを言う能力があることだと取り違えるようになる。彼の想像力も「学校化」されて、価値の代わりに制度によるサービスを受け入れるようになる」(13頁)
    →いわゆる「価値の制度化」の話である。「制度化」について脚注では、「共通の価値観が内面化される一方、価値を実現するための制度づくりがなされ、その制度に対する人々の期待が高められていくことかと思われる」(54頁)とある。
     本来目指すべき価値を仮にAとする。本来はAをまっすぐに目指していくべきだが、手短な目標である価値Bを目標とする。このBは「価値A実現のための学校の卒業」とでもしておこうか。学校に通い続け卒業すれば(つまり価値Bを目標としていけば)、自然に価値Aに達することができるというタテマエである。ここにある少年に登場してもらおう。価値A実現のために学校Bに通っているのがこの少年である。通っていればいつか卒業できる時が来る。少年はBを出ることのみが重要だとずっと考えていた。卒業して、「学校を卒業したことを認める(価値Bの実現)」という証書をもらった。少年は「このために勉強してきて良かった!」と大歓喜している。帰り道、少年はふと気づく。「あれ、価値Aを僕は修得できたのだろうか?」と。価値Aを普通自動車運転免許取得、価値Bが自動車教習学校卒業であるとき、少年は不幸である(ときどきいますけどね)。
     これが価値の制度化といえるのではないだろうか。本来、学校は教育をすること/子どもが学ぶことが主たる価値である(価値A)。けれど子どもは放っておいて勝手に学ぶかというと、必ずしもそうではない。そして学校というのは価値Aを実現するための装置、つまり制度にすぎない(価値B)。けれど現代は学校という制度に通うことのみが重視されて、そこで教育が行われるということが忘れ去られている。本来なら学校に行くこと(価値B)が重要なのではなく、子どもが学ぶこと(価値A)が重要なのだ。けれど知らぬ間に価値Bの方が重要と考えられ、価値Aがおざなりにされてしまう。〈子どもが学ぶこと〉という価値A実現のためなら、別に学校(価値B)を用いなくとも、たとえば自宅での学習を行うとか、フリースクールにいくとかする選択肢も存在するべきだ。けれど制度/装置にすぎない「学校」へいくことのみが重視されるようになる。この価値の転倒をイリイチは「価値の制度化」と呼んだのであろう。

    ●「私は以下の拙論において、人々が価値の制度化をおし進めていけば必ず、物質的な環境汚染、社会の分極化、および人々の心理的不能化をもたらすことを示そうと思う。この三つの現象は、地球の破壊と現代的な意味での不幸をもたらす過程の三本柱なのである」(14頁)
    →先の話の通り、価値の制度化についての考察である。
    →イリッチは価値の制度化について言いたいのであって、学校は一つの例にすぎない。
       ↓
    価値の制度化は、あらゆる分野に起ころうとしている。
       ↓
    「必要な研究は、人々の人間的、創造的かつ自律的な相互作用を助ける制度で、かつ価値が生み出されるのに役立ち、しかも肝心なところを専門技術者にコントロールされてしまわないような価値を生じさせる制度を創りあげることに、科学技術を利用するにはどうしたらよいかという研究なのである」(14頁)
       ↓
    「私は、われわれの世界観や言語を特徴づけている人間の本質と近代的制度の本質とを、相互に関連づけてはっきりさせるためにはどうしたらよいかという一般的な課題を提起したい。そのための理論モデル(パラダイム)をつくる素材として私は学校を選んだ」(15頁)
    →つまり、イリイチ自身は「価値の制度化」が起きている近代文明への批判を行うために本書を書いたのであって、〈社会の脱学校を断じてなしとげなければならない〉という主張をするために本書を書いたわけではない(あくまで2次的な目標であり、イリッチ自身が「書きやすいじゃん!」と感じた好例だったからだろう)。
    →先の比喩を使えば、価値Aが「価値の制度化」論、価値Bが「脱学校論」である。
    →例としてイリイチは「家庭生活、政治、国家の安全、信仰およびコミュニケーション」(15頁)も価値の制度化を排することで利益を得られると指摘する。価値の制度化を排す手法は「脱学校か」と同じプロセスなのである。
       ↓
    「その分析のために、この最初の論文では、学校化されてしまった社会を脱学校化するということはどういうことかを説明しておこう」(15頁)
    →ここから、「学校化」された社会の特徴の記述が始まる。
    →「学校化」の現代的事例は上野千鶴子の『サヨナラ、学校化社会』に詳しい。最近文庫化して、読みやすくなった(イラストは単行本版のほうが面白かった)。
       ↓
    「教育ばかりでなく現実の社会全体が学校化されてしまっている」(同)
       ↓
    「学校と病院のどちらも、自分自身で自分の治療を行うのは無責任なことだとか、独学で学習するのは信用できないことだとみなすのであり、また行政当局から費用の出ていない住民組織は一種の攻撃的ないし破壊的活動にほかならないとみなすのである」(pp15~16)
    →岡村先生の言う〈自分たちが賢くなる〉実践が「信用できない」といわれているのが近代社会だ。フリースクールは、いわば〈自分たちが(制度に頼らないで)賢くなる〉実践である。
       ↓
    「どこでも、教育だけでなく社会全体の「脱学校化」が必要になっている」(16頁)

    ●価値の制度化の福祉での事例が登場する。
       ↓
    「自分の家で人生を始め、かつ終るというのは、貧困かあるいは特別な特権かのどちらかのしるしである。臨終と死は、医師と葬儀屋の制度的な管理のもとに置かれるようになった」(同)
       ↓
    「貧困者はいつの時代にも社会的に無力だったのであるが、制度的な世話に依存する度合いがしだいに高まってくると、彼らの無力さに新しい要素が加わった。それは、心理的な不能とか、独力でなんとかやりぬく能力を欠くといかいうことである」(17頁)
    →制度ができるとそれに依存するようになる。そのため、制度に頼らない者はますます強く、制度に頼らざるを得ない者はますます弱くなる。
    →オリで飼われたライオンと、サバンナのライオンの違いである。オリの中で毎食上げ膳・据え膳(ライオンに対しこの言葉を使うのは適切かは分からない)されていると、補食能力を失いライオンとしての能力は弱くなる。人間社会でもそれは同じであろう。一人でなんとか食っていかねばならない戦災孤児(これも死後かな?)はちょっとやそっとじゃへこたれない。進駐軍相手の靴磨きから、窃盗・強盗までなんでもやって生き延びる。けれどひ弱な現代っ子(むろん、この定義に私も入っている)は保護されることになれているため、戦災孤児そのままの状況に追い込まれた時(楳図かずおの『漂流教室』の世界や大三次世界大戦が急に起こったときなど)、はたして生きていけるのだろうか。
       ↓
    種々の制度によって、貧しい者は制度に頼り切り、ますます弱い立場になる
       ↓
    そのため、次のような逆説がいえてしまう。
    「現在、健康、教育、および福祉を取り扱っている制度への財政支出を止めさえすれば、その制度のもつ副作用―人々を無能にする副作用―から生じる一層の貧困化をくいとめることができるのである」(pp18~19)
       ↓
    学校では次のような事例となって問題化する。
    「一般的に言って、より貧しい生徒は、進級や学習を学校に頼っている限り、より裕福な生徒よりも遅れてしまう。貧民に必要なのは、彼らの学習を可能にする資金であって、彼らに大いに不足していると称される制度的世話を受けるための証明をしてもらうことではない」(22頁)
    →制度に頼っていると、人間が弱くなる。制度自体を自らの資本や能力によって用意できる人間は、ますます強くなる。公費により黒人子弟に早期教育をしたことがあった。ヘッドスタート計画だ。けれど、金持ちは就学前児童を私塾に通わせることができてしまうのだ。
       ↓
    「古典的貧困」のために悩んでいる国はほとんど無くなった。近代の制度(生活保護など)が新たな貧困をもたらす。
       ↓
    「アメリカにおいても、就学を義務化することによって貧民が平等性を獲得することはない。それどころか、どちらの国においても、学校があるというだけで、貧民は彼ら自身の学習を自らコントロールする勇気をくじかれ、またそれを不能にさせる。というのは、学校は教育を専門に行なう制度と認められているので、学校が教育に失敗すれば、それは、教育が非常に費用のかかるもので、複雑であり、いつでも素人にはわからないもので、しばしば不可能に近い仕事であることの証拠だとたいていの人々に受けとられるのである。
     学校は教育に利用できる資金、人および善意を専有するだけでなく、学校以外の他の社会制度に対しては教育の仕事に手を出すことを思いとどまらせてしまう。労働、余暇活動、政治活動、都市生活、そして家庭生活までもが教育の手段となることをやめ、それらに必要な習慣や知識を教えることを学校にまかせてしまう。そうして学校も学校に依存する他の制度も、ともに非常に費用のかかるものとなるのである」(25頁)
    →よく学校には理不尽な要求が突きつけられる。親がやると「モンスターペアレント」だが、地域が「お宅の生徒さんにはどんな教育をしているのか」と学校に苦情の電話を入れることもある。この地域の人は自分で「家の前でうるさくするな」と言わないで、わざわざ学校に電話をしてくるのだ。
     内田樹は〈制度が整備されすぎていると、個人の努力や善性がなくても済むようになる〉と主張する。たとえば警察のシステムが究極的に発展すると、目の前で人が暴行されているのを見ても「ああ、警察が完璧に対処してくれるから俺には関係ないや」と軽く見逃してしまう(ここでいう話は「価値の制度化」の話でもある)。 
     現在の学校は内田のいうような環境に近づきつつあるのではないか。とりあえず、教育のことは学校に任せよう、という思いが学校への理不尽なほど
    の要求へとつながる。イリイチのいう通りの社会に日本はなっているのだ。
       ↓
    「学校への支出を増やすことは一つの国においても世界的にみても、学校のもつ破壊性を強化する」(27頁)
    「学校の拡充は軍備の拡張と同じく破壊的であるが、軍備のそれほどには目立たないのである」(28頁)
    →高校のクラスの友人で東京医科歯科大学にいった者がいた。彼に「学費はいくらぐらい?」と聞くと、「年に63万くらい」と答えがかえってきた。私立大の医学部は1000万を軽く超す。早稲田の教育学部は年93万くらい。国立医学部は圧倒的に安いのだ。
     けれど、国立大学の医学部に入るのは長期の受験勉強に耐えられ(医学部は2浪がザラ)、幼少期からのエリート教育が必要であったりする。これを可能にするには自宅に相当な資産がなければならない(昔書いたブログを参照)。
     国立大医学部に入るのは、元から金のある人だ。国立大はそういう「元から金のある人」に公費を用いて安く教育する。医者は相当に儲かる。医療の充実という社会への貢献よりも、個人の利益になるところが大きい。「わざわざ公費を払ってまで、個人の利益につながるところ大である医者を育成することにいかほどの意味があるのか」という疑問がくることがある。
     医者ほどではないだろうが、教育へ費用を多くまわしすぎると、その費用は生徒/学生個人の利益にしかつながらなくなるのだ。
       ↓
    「教育機会を平等にすることは、たしかに望ましいことでもあり、実現可能な目標でもある。しかしこれを義務教育と同じことだと考えることは、魂の救済と教会とを混同することにも等しいのである」(29頁)
    →ここに、フリースクールの出番があるのだ。
    →イリッチは革新的なカトリックの司祭である。通常、下のような枠組みになる。
        カトリック プロテスタント
    価値A 魂の救済  魂の救済
    価値B 教会にいく 聖書
     カトリックの司祭が「魂の救済が大切なのであって、教会に行くことは2次的な意味しかない」というのは非常にプロテスタント的な発言になってしまう。
    →さきの価値の制度化の例では、最終目標の価値Aは「教育機会の平等」、価値Aのための手段である価値Bは「義務教育」にあたる。
       ↓
    「今日われわれは学校による教育の独占を廃止し、またそのことによって偏見と差別を合法的に結びつける制度を廃止しなければならない」(30頁)
    「学習も正義も、学校教育によって増進されることはない。なぜならば教育者は、教える内容を一つの証明書の中に詰め込むことを主張するからである。
    →学校教育は知のパッケージ化を目指す。

    追記
    ●卒論で「価値の制度化」をテーマにしても面白いかもしれない、と思った。
    ●私の本稿での比喩は、適切なのかを誰かに教えていただきたいものだ。
    ●〈学校化と教育化を分離することが大切〉と山本哲士はいう。教育は学校以外でもできる方がいい。2つのありかたがあるだろう。
    ①塾やフリースクールで学ぶ。②社会の中での教育力を増やす。
     ②について、イリッチは本書でこう語っている。
    「労働、余暇活動、政治活動、都市生活、そして家庭生活までもが教育の手段となることをやめ、それらに必要な習慣や知識を教えることを学校にまかせてしまう」(25頁)。
     本来は学校以外の場所に教育があった。それこそ「労働、余暇活動、政治活動、都市生活、そして家庭生活」の中で教育はあった。その幅広い教育は、学校ができてから忘れ去られていった。特に共同体が消滅しかけている現代ではなおさらである。内田樹が〈完璧な警察があったら、誰も暴力を止めようとしない〉と語っていた、との話を本ブログに書いた。教育もしかりで、「学校があるから、教育は全て学校に任せよう」という思いが人々の中にある。
     再び、社会の中に教育力を取り戻していけば、脱学校化を成し遂げても教育が継続して行われるようになるだろう。
     それついて親友のOと話す中で、「高校のバイト禁止の意義」について話が及んだ。高校生がバイトをするとき、社会のなかで学ぶことになる。ろくに敬語を使えなかった高校生が、マニュアルがあるとはいえ敬語で話せるようになる。時間を守るというエートスも学ぶことができる。労働をする「喜び」を知れるので、ニート対策にもなるかもしれない。けれど、基本的にはバイトを禁止する高校は数多い。バイトを「社会での学び」とするならば、バイト禁止は「社会での学び」に制限をかけることを意味する。
     牧口常三郎という教育学者は半日学校制度を提唱した。学校での学びを効果的に進め、現在の半分の時間(つまり半日で)で学校教育を行い、残りの半日を「社会での学び」に使う、という発想である。単に「社会で学ぼう」「学校外で学ぼう」といっても実現可能性は低い。何故なら時間が考慮されていないからだ。牧口の慧眼は「時間を確保し、自然のうちに社会での学びがもたらされるようにした」という点にある(ちなみに学校のスリム化については上野千鶴子も語っている)。
     Oは感銘を受けていたようであった。

    まとめ
    ●イリッチは価値の制度化を批判するために『脱学校の社会』を書いた。脱学校化はあくまで価値の制度化を説明するための題材にすぎない。

    アメリカと日本のフリースクール設立の背景についての研究。

    テーマ:フリースクール設立の背景である、教育課題について、事例を元に比較する。比較を行うのは、日本とアメリカである。

    本稿の構成:下記のとおりとする。

    A,フリースクールの定義
    B,アメリカにおけるフリースクール設立の背景

    参考文献
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    A,フリースクールの定義

     本稿では、『教職基本用語辞典』でのフリースクールの定義を用いるものとする。

    フリースクールとは、従来の学校にあるような管理と強制から開放されて子どもの自由と自治が尊重される中で教育活動が展開される「自由学校」のことを意味する。(中略)我が国では、1985年(昭和60年)に奥地圭子により不登校の生徒を集めて開かれた「東京シューレ」や1992年(平成4年)に和歌山県に堀慎一郎によって設立された「きのくに子どもの村学園」などがある。

     日米のフリースクールを比較するにあたり、事例を元に見ていく。アメリカはクロンララスクールの事例を参考にし、日本は東京シューレの事例を参考にしていく。両者は、日米それぞれでフリースクール運動で中心的存在であったからだ。
     クロンララスクールは後述するように、アメリカでフリースクール設立が相次いだ1960年代後半に成立したフリースクールである。そして「1978年にクロンララスクールを中心に全米のフリースクールのネットワークを立ち上げ、年に1回、子どもとスタッフ、親が集まる大会の開催、経験の共有、スタッフ養成をはじめとする様々な連携活動をおこなってきている」 。このことから、アメリカのフリースクールのうちで、中心的存在であると考える。
     NPO法人東京シューレを日本のフリースクールの事例として提示するのは、2つの理由からである。1つは、先の『教職基本用語辞典』の「フリースクール」の欄に名前の挙がるほど、知名度の高いフリースクールであるからである。2つ目は、特定非営利活動法人フリースクール全国ネットワークの代表理事を、NPO法人東京シューレ代表の奥地圭子が兼任していることからである。特定非営利活動法人フリースクール全国ネットワークとは、2001年に「日本全国の、子どもの立場に立ち活動するフリースクールをつなぐネットワーク団体」 として設立されたものである。この2点の理由から、東京シューレを日本のフリースクールの中心的存在であると考える。

     参考として、次に両者の基本情報を示す。

     クロンララスクール(Clonlara School)
    所在地:アメリカ合衆国
    対象年齢:5歳から18歳
    学校種:幼稚園~高校
    設立:1967年
    子どもの人数:50人

     NPO法人東京シューレ
    設立:1985年6月24日(1999年11月NPO法人認証)
    代表:奥地圭子
    フリースクール東京シューレ
    会員数:150名
    子ども担当スタッフ数(常勤):9名

     東京シューレは、王子スペース、新宿スペース、柏の葉スペースの3つに分かれている。このフリースクールとしての東京シューレとは別に、ホームシューレ事業、シューレ大学事業なども行っている。

    B,アメリカにおけるフリースクール設立の背景

     アメリカにおいては、主として第二次世界大戦後の1960年代後半からフリースクールが作られるようになった。

    戦後の先進諸国における義務教育年限の延長、発展途上国における義務教育制度の導入等により、公教育制度の整備が一段落した一九五〇年代末から六〇年年代にかけては、科学技術の革新に伴うカリキュラム改革が各国で盛んに行われた。しかし、六〇年代の後半になると、社会制度としての学校のあり方そのものを、根底から考えなおすような動きが現れてきた。

     この一連の流れの中で誕生したのが、公教育の枠外におかれるフリースクールである。「A,フリースクールの定義」で引用した『教職基本用語辞典』の中略箇所を見てみる。

    1960年代後半、ヴェトナム反戦運動と結びついてアメリカで活発化した人種差別撤廃・公民権運動、校内暴力、登校拒否などに対応する学校改革として広がったオルタナティブ・スクール運動の一つとしてフリー・スクールが位置づけられた。その際、モデルとされたのは、1925年にニールが創設した「サマーヒル学園」、フランスのフレネ学校、ドイツのシュタイナー学校などである。

     アメリカにおいては、主として1960年代後半にフリースクールが作られてきた、といえる。この時期にフリースクールの設立は、『教職基本用語辞典』の「人種差別撤廃・公民権運動、校内暴力、登校拒否などに対応する学校改革」以外の理由がある。1957年のスプートニクショックを受けてのアメリカ連邦政府の政策も理由の一つである。「科学技術の教育振興法」たる「国家防衛教育法(National Defense Education Act of 1958)の制定」は「アメリカにおける人的資源培養のための法律であ」り、「連邦政府の教育に関する関与が一層強まることとなった」 。この流れも汲んでいる。クロンララスクール設立にあたっての記述を元に、見てみる。

     設立者のパット・モンゴメリーさんは小学校で教師をしていたが、米ソ冷戦下の60年代のアメリカでスプートニクショック以降子どもを締め付けていく教育の流れが強くなり、そのような学校に自分の子どもを通わせられない、との思いから自ら設立したのがクロンララスクールである。子どもの気持ちを尊重した教育とはどのようなものなのかを改めて考え、自らの教師時代に考えたことのみならず、イギリスのサマーヒル学園を訪ね、設立者のA.S.ニイルの話も聞いて構想した。

    Bのまとめ…アメリカのフリースクールは、主として60年代後半、「人種差別撤廃・公民権運動、校内暴力、登校拒否などに対応する学校改革」として、設立された。他に「スプートニクショック以降子どもを締め付けていく教育の流れ」に対抗するものとして、設立されたという背景もある。

    C,日本のフリースクール設立の背景

     ここでは、NPO法人東京シューレのケースを元に見ていく。なお、文章中の奥地とは、東京シューレ設立者であり、代表の奥地圭子のことである。

    代表者の奥地は、1978年ごろ、わが子の登校拒否を経験したが、それは教育の在り方や、当然と思われている社会通念、親の意識などを問い直される貴重な学びとなった。わが国の不登校は1975年より激増し続けるが、当時、教員であった奥地は、早朝から夜中まで、現在よりはるかに悲惨で苦しい状況にあった親や子どもの相談にのりながら、何ができるかと悩んだ。最も大事なのは、子どもにとっては親の理解だと考え、84年より「登校拒否を考える会」という親の会を始めた。

     東京シューレの設立者・奥地圭子は、東京シューレの設立時の様子を次のように書いている。

     一九八五年三月、私は、二二年間の教員生活に終止符を打ち、東京都北区東十条の駅近くに小さい雑居ビルの一室を借り、六月にやりたいことに踏み出しました。
     やりたいこととは、子ども達が自由に通ってくる学校外の学びと交流の場づくりでした。
     よくある、学校がひけてから行く学習塾ではなく、学校のある時間帯に並行して開室していて、学校に行っていない子が居場所・成長の場として活用できるところ、というイメージです。それを、子どもと共に作り出したい、と思って踏み出したのでした。
     それが「東京シューレ」、今でいうフリースクールです。
     今でこそ、フリースクールは珍しくありませんが、コロンブスの卵であって、当時、学校のある時間に、学校ではないところに勝手に通うなど常識外でした。

     東京シューレ設立当時、日本社会では「教育荒廃」が叫ばれていた。そして現場の学校では様々な問題が起こっていた。

    1970年代以降大きな社会問題となっている「教育荒廃」とは何か(中略)。「教育荒廃」という言葉は、1961(昭和36)年の文部省「全国一斉学力テスト」による点数競争主義の広がりの中で使われだしたものである。主に、教育機関としての学校現場に停滞や退廃が生じていると考えられる。(中略)今日の教育の危機は、子どもたちの発達の危機として、不登校・いじめ・自殺・学級崩壊・閉じこもり・高校中退・校内暴力等の非行・少年事件などに顕れている。これは、高度経済成長を通じて進められた大量生産・大量消費・大量放棄を伴う工業化による社会変貌がもたらした「負の遺産」と言いうる。学校は、経済成長を支える機構として、「有能な人材」を競争的に選び出すという側面を強くもたされ、このため、学校は「能力主義の徹底」(1963年経済審議会答申)の名のもとに学力・学歴競争の場となり、多く矛盾を生み出した。

     高度経済成長終焉後、高度成長の招いた問題である「教育荒廃」が教育現場に起こっていた。「不登校・いじめ」、「学級崩壊・閉じこもり・高校中退」という教育問題が発生した。これらの犠牲となった子どもたちはどこへ行けばいいのか。主としては不登校の子どもが対象ではあるが、東京シューレをはじめとするフリースクールはそういった子どもたちを受け入れる場となった。

    Cのまとめ…日本のフリースクールは、高度経済成長の負の側面である「教育荒廃」が叫ばれるころ、設立された。「教育荒廃」の犠牲者である「不登校」の子どもなどがを、受け入れる場所として設立された。

    D,日米のフリースクールの設立の背景にある、教育課題の比較

     アメリカのフリースクールは、主として60年代後半、「人種差別撤廃・公民権運動、校内暴力、登校拒否などに対応する学校改革」として、設立された。他に「スプートニクショック以降子どもを締め付けていく教育の流れ」に対抗するものとして、設立されたという背景もある。
     対して日本のフリースクールは、高度経済成長の負の側面である「教育荒廃」が叫ばれるころ、設立された。「教育荒廃」の犠牲者である「不登校」の子どもなどがを、受け入れる場所として設立された。
     両者はともに、社会のあり方の変化に対応する形で、設立されている。アメリカは1つ目に、スプートニクショック後の、詰め込み教育の強化への対応として設立された、という側面を持っている。2つ目に、60年代のベトナム反戦運動や黒人の公民権運動など、民衆の側の自由を求める動きに呼応して、起こってきている。
     日本の場合は、1970年を境に、再び不登校の数が増えるなどの「教育荒廃」が主要な理由となっている。

    E,考察ならびに終わりに

     フリースクールの設立は、社会の変動期に起こっている。社会のあり方が変化すれば、教育のあり方も変えざるをえない、ということであろうか。本稿のフリースクールのような新たな教育運動が起こるときは、社会システムの変動期である、といえるかもしれない。
     今回、フリースクールの事例からの検討が2例のみとなってしまった。また、深く入り込んだ内容でなく、設立に当たっての背景のみの研究となった。次回は、フリースクールの具体的な実践まで、踏み込んだ研究を行いたいと思う。
     なお、筆者は2007年3月に東京シューレの新宿スペースを訪問している。次回、さらに踏み込んだ内容を研究する際、参考になると思われる文章を引用して、本稿を終える。
     これは筆者が東京シューレ見学の印象を書き残したものである。

    フリースクールという言葉を、初めて聞いた人もいるかもしれない。フリースクールは一般の「学校」と違い、自由な教育が行われている。好きなときにやって来て、好きなときに帰ることができる。本やマンガが多く置いてあり、自由に読むことができる。フリースクールに来ている、いろんな年齢の子どもと関わることができる。学びたいときは言えば教えてもらえる、などなど。おそらく、一般の「学校」のイメージとは大きく異なる場所である。筆者も、何度か見学に行ったことがある。東京シューレという団体の行っている、新宿シューレである。都営大江戸線・若松河田駅下車後、徒歩10分弱。早稲田大学からなら、早稲田駅前の夏目坂を延々登ると20分で到着する。道路裏にある、閑静な住宅地にそれはある。
    入ってみると、そこは「学校」とはまったく違っていた。いろんな年齢の子(スタッフの大人も含む)が混じって会話を楽しんでいる、料理を作っている。TVゲームに興じている。外でもボール遊びをしている。「学校」や塾といった教育機関というよりも、子どもの居場所といったほうがいい場所であった。ふんわりした感覚のある、ゆるやかな空間だ。
    慣れてみれば、「学校」というものをまた違った視点で見ることができるようになった。「学校」のもつ気持ち悪さも見えるようになってきた。狙ったように、同級生のみで構成される友人関係、いやでも毎日行かなければならない教室、はじめから決まっている座席。別にこのような学校文化が不要であるというわけではない。子どもの社会化に、必要なルールとの言もうなずける。しかし、それでも「学校」というものには特有の気持ち悪さがある。

    F,参考文献

    ・柴田義松ほか編『教職基本用語辞典』2004年、学文社、73項
    ・『子ども中心の教育最前線』作成委員会『子ども中心の教育 最前線』2008年、特定非営利活動法人 東京シューレ
    ・小澤周三ほか『新版・現代教育学入門』1997年、勁草書房
    ・大淀昇一「国家防衛教育法」、岩内亮一ほか編『教育学用語辞典』第四版、2006年、学文社
    ・奥地圭子『不登校という生き方』2005年、日本放送出版協会
    ・仲田陽一「問題56」、柴田義松・斉藤利彦編『教育学のポイントシリーズ 教育史』2005年、学文社
    ・クロンララスクール公式WEBサイトhttps://www.clonlara.org/vision
    ・フリースクール全国ネットワークWEBサイトhttps://www.freeschoolnetwork.jp/history/history.htm
    ・『p’age』第24号、2007年

    イリッチのラーニング・ウェッブの研究 ~ブログ空間はラーニング・ウェッブたりうるか~

    1、本稿の狙い
     
    梅田望夫・齋藤孝著『私塾のすすめ』を読んでいた。この本のテーマは《ブログは、適塾・松下村塾のような私塾になる可能性がある》ということである。非常に興味深い本であったので、書評も書いた。別紙を参照していただきたい。
    さて、『私塾のすすめ』を読み進むうち、一冊の書名が私の脳裏に浮かんできた。イヴァン・イリッチ(1926—2002)の著書『脱学校の社会』である。 
    『脱学校の社会』は、脱学校論を説いた点で有名な著書である。「就学義務が大多数の人々の学習する権利をかえって制約している」(『脱学校の社会』1項)点から、学校を廃止し、新たな教育空間の樹立を提唱している。
    この書の第六章に、「学習のためのネットワーク」という箇所がある。イリッチの〈ラーニング・ウェッブ〉というものを端的に説明したところだ。ここで説明している〈ラーニング・ウェッブ〉は、ブログを活用することで実現可能なのではないか。この仮説を検討することが本稿の狙いである。
    本稿での私の主張は、あくまで既存の教育制度を維持し、平行する形でのラーニング・ウェッブの成立の可能性を探るものであり、学校制度廃止までを考察したものでないことを付言しておく。
    なお、「学習のためのネットワーク」は、原文では「learning webs」と書かれている。本稿では「学習のためのネットワーク」でなく、ラーニング・ウェッブと表記する。それはlearning websを「学習のためのネットワーク」と表記すると、特定の意味が付与されてしまうことを恐れるためである。 

    2、仮説の提示

    仮説
    《イリッチのいう「ラーニング・ウェッブ」は、ブログで実現可能である》

    3、『脱学校の社会』の検討

    (a)ラーニング・ウェッブの仕組み

     イリッチのラーニング・ウェッブとは、下のような仕組みで行う。

    (1)教えたいことがある人が、コンピュータなどに「これを教えたい」と登録する。どうように、学びたいことのある人が「これを学びたい」と登録する。
    (2)登録している人どおしを引き合わせる。
    (3)教えた分だけ、「教育クーポン」をもらうことができる。また学ぶにあたっては一定量支給されている教育クーポンを使用する。
    (4)学校教育にあたる段階においては、この教育クーポンを消費していくことで、教育課程の達成を目指す。
    (『脱学校の社会』より)

     本文中において、イリッチは次のように指摘している。

    仲間を選び出すネットワークの運営は、簡単であろう。このネットワークの使用者は、氏名と住所および自分が仲間を見つけたいと思っている活動について記述することである。コンピュータは、彼と同じ記述を打ち込んだあらゆる人々の氏名と住所を彼に知らせるであろう。そのように簡単に役立つものが公的に価値があるとされていた活動(藤本注 公立学校制度のこと)のために大規模に用いられていなかったことは、驚くべきことである。(170項)

     イリッチは、要するに学びたい人と教えたい人とを引き合わせ、その小集団で教育を行うことを提唱している。これがラーニング・ウェッブの発想の根底である。

    (b)『私塾のすすめ』において、ラーニング・ウェッブと共通点の多い箇所

     梅田望夫(コンサルティング会社「ミューズ・アソシエイツ社長。パシフィカファンド共同代表。(株)はてな取締役。」https://www.mochioumeda.com/より)は『私塾のすすめ』において、次の指摘をしている。ここで語っている「志向性の共同体」は私塾を指し、〈ブログも私塾のようなものにできる可能性がある〉と示している。

    梅田:志をもった良き大人、ある志向性を持った大人が、自分はこういう関心をもった人間なんだよ、ということをウェブ上に立ち上げて示していく。科学でも、数学でも、文学でも。そういう「志向性の共同体」がネット上にたくさんできたら、子どもでも、本当に自分の関心のあることをやっている大人たちの集まりに参加することができる。ネットでまずつながり、そしてリアル(藤本注 現実社会のこと)に発展していく。誰もがネット上で、志向性を同じくする若い人を集めて私塾を開くことができるイメージです。それはウェブ時代たる現代ならではのすばらしい可能性だと思うんです。(中略)多くの心ある人が、自分がもっとも大事だと思っている関心事項について、志向性の共同体たる私塾のようなものをネットの上でつくっていくと、さまざまな可能性がひらかれる。
     身近な世界の閉塞感のようなものがあって、時間の使い方もそこで縛られている場合に、良き私塾がもっともっとネットの上にできれば、そこで時間をすごすことができる。ところが、そういうビジョンをネットに関して提示している人が日本にはいない。「ネットというものは怪しげで危ないから子どもを遠ざけよう」という人が圧倒的に多い。今の日本のネットをみて、「怪しげで危ない」と思いたくなるということは僕も否定しないけれど、ネットの可能性を十年、二十年というレンジでみたときに、そうとだけ考えることはマイナスだと思います。
     現実社会でうまくいっている子は別として、そうでない子どもたちは、家に帰っても親との関係だけ、学校に行ってもせいぜい五十人という範囲のなかで、自分とぴったりあった世界をつくれない。今の日本の教育は、そこでうまくいかないとすべて駄目と言われてしまう感じですが、ネットにはそこをひっくり返せる可能性があると思っています。(44〜46項)

     この梅田の指摘は、ラーニング・ウェッブと親和性を持っている。梅田のいっていることは、イリッチが『脱学校の社会』で語っていることに共通点をもっているのだ。(c)以降において、それを詳しくみていく。

    (c)ラーニング・ウェッブとブログの共通点について

     ここでは3点に分けて、イリッチの主張するラーニング・ウェッブと、梅田の言う〈ブログによる私塾〉との共通点をみていく。

    (共通点1)自主的に学習が進む点

     イリッチが『脱学校の社会』において批判したことの一つに、〈学校制度がある限り、生徒が受動的になってしまうこと〉がある。イリッチは自主的な学びが成立する場としてラーニング・ウェッブを考察したのである。

    本章で、私は学校についての考え方をひっくり返すことが可能であることを示すつもりである。つまり、次のことを示したいのである。第一には、学生に学ぶための時間や意志をもたせようとして彼らを懐柔したり強制したりする教師を雇う代わりに、学生たちの学習への自主性をあてにすることができることであり、(藤本注 この文の続きは次の引用である)(136項)

     自らの興味がある分野であれば、自主的に学んでいくことができる。ブログにおいても強制されない分、子どもたちは自主的に興味のあるブログを探し出し、学んでいくはずだ。
     
    (共通点2)関心の共有が可能である点

     イリッチのラーニング・ウェッブ構想においては、(a)で示したように教えたい者と学びたい者とが小集団で集まることで学習を行っている。この発想を実現させるためには〈何に興味があるか〉という関心事項の共有が行われる必要がある。イリッチは情報センターのようなものを設置することで、実現させようとした。ブログにおいては検索を行うことで可能である。

     さきほどのイリッチの言葉の続きを引用する。

    第二は、あらゆる教育の内容を教師を通して学生の頭の中に注入する代わりに、学習者をとりまく世界との新しい結びつきを彼らに与えることができるということである。(136項)

     このイリッチの言葉にあるように、ブログを活用することで「新しい結びつき」を作ることができる。この「新しい結びつき」はブログによって可能である。

    (共通点3)比較的、利用が容易である点

     学習するにあたって、教育設備が容易に利用可能であるか否かという点が大きな問題となる。いくらいい教育を行える場所であっても、費用がかさんだり、移動が大変であったりしては、教育を行えないからである。次のイリッチの言葉が示す通りだ。

    必要なのは、公衆が容易に利用でき、学習をしたり、教えたりする平等な機会を広げるように考案された新しいネットワークである。(143項)

     イリッチのラーニング・ウェッブ構想では、国立の情報センターのようなものを利用することで学習者と被学習者を引き合わせる。ブログにおいてはインターネットを利用できる環境さえあれば学びを行うことができる。検索し、関心のあるブログにアクセスし、そこにある情報を学んでいくのだ。コメントの記入や直接的にブログ関係者と対面することもあるだろうが、基本はパソコンで出会う形をとる。
     イリッチの構想ではあちこちに情報センターを設ける必要があるが、ブログを活用する場合、設備の準備は特に必要でなく、インターネット利用環境さえあれば事足りる。よって、比較的利用が容易である点は解決されている。

    (d)ラーニング・ウェッブの悪用についての、イリッチの指摘

     コンピュータを使用し、人を引き合わせる。その弊害は出会い系サイトのような問題が起きる可能性がある。イリッチはそのことにも気づき、以下のように語っている。

    もちろんわれわれは、そのような公的な仲間選びの方法が、電話や郵便がそうであったように、搾取的あるいは不道徳な目的のために乱用される可能性のあることを認めなければならない。それらのネットワークの場合と同様に、何らかの防御策が必要である。私は、他の箇所で、尋ねてくる者の氏名と住所のほかには、適切な、印刷された情報だけが利用されるのを認める仲間選びの制度を提案した。そのような制度は、濫用に対して実質的に完全に守られている。他に別の調整をすれば、さらに本、映画、テレビの番組、あるいは特殊なカタログから引用されたほかの項目などを追加することもできよう。そのような制度のもつ危険性に関心をもつあまり、はるかに大きな利益を見失うようであってはならない。(173項)

     着目すべきは、危険性を意識しつつも「危険性に関心をもつあまり、遥かに大きな利益を見失うようであってはならない」との指摘である。先に引用した梅田の言にも、同様のものがある。「今の日本のネットをみて、『怪しげで危ない』と思いたくなるということは僕も否定しないけれど、ネットの可能性を十年、二十年というレンジでみたときに、そうとだけ考えることはマイナスだと思います」。
     そのため、私は単にラーニング・ウェッブの危険性を指摘するだけでなく、その可能性に目を向けていくことが重要であると考える。

    4、結論

     イリッチは理想主義者である、ともよく聞く。しかしイリッチに実現可能性がないとされたのは一昔前の話だ。いまはネット空間が存在する。ブログによって個人が情報発信をしていくことができる時代だ。

    私がこれから提案しようとしている教育制度は、今日まだ存在していない社会のものである。(137項)

     イリッチが主張した教育社会は、当時の教育制度を超えたところにあった。しかし、ウェブ空間が発達した今、イリッチのラーニング・ウェッブ構想はやり方次第ですでに実現可能であるといえる。
     『私塾のすすめ』は端的に言えば《ブログが私塾となる可能性を秘めている》ことを示した本である。ここでいう私塾とは〈教えたい者のもとに、学びたい者がやってくる〉場所である。ラーニング・ウェッブとはまさしく私塾のような存在だ。ラーニング・ウェッブという形でイリッチが提唱した教育は、ある程度までブログの活用により実現可能である。ラーニング・ウェッブよりむしろ、イリッチの思想を反映できている、ともいえる。
     ブログによる教育の可能性について、本稿では探ることができた。私自身がさらにブログを活用できるようになりたい、と考えている次第である。

    5、参考文献
    イヴァン・イリッチ著 東洋・小澤周三訳『脱学校の社会』(1977年、東京創元社)
    齋藤孝・梅田望夫著『私塾のすすめ ここから創造が生まれる』(2008年、ちくま新書)

    『脱学校の社会』を読む①〈序〉

    友人のO君と昼飯を食う。相変わらず彼と話すといろいろ触発を受ける。『脱学校の社会』勉強会を毎週火曜2限の時間にやることを決定する。

    さっそく来週からやることとなった。善は急げ、だ。とりあえずレジュメをつくろう。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    『脱学校の社会』序を見てみる。

    ●「ライマーと私は、就学義務が大多数の人々の学習する権利をかえって制約していることを認識するに至った」(1頁)
    →全員が学校に行くことに対し、イリッチは懐疑的である(追記を参照)。
    「学習する権利」について、憲法には次のようにある。

    【日本国憲法】
    第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
    2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

    ●「学校に就学させることによってすべての人に等しい教育を受けさせるということは、できない相談なのである。学校の代わりになる制度をもって試みても、それが現在の学校の様式に基づく限りは、やはりできないであろう」(2頁)
    →注解では「学校の代わりになる制度」について「フリー・スクール、オープン・スクールその他の新しい学校作りの試みがなされるようになってきた。しかしその多くは組織形態こそ従来の学校と異なっていても、あくまで学校の論理で考えられている」(6頁)と書かれている。どうやらイリッチはフリースクールに対しても懐疑的なようである。
     「現在の学校の様式に基づく限り」という留保がついている。とすればフリースクールやオープンスクールともまったく違う、ラーニングウェッブ(本文では「学習のためのネットワーク」と訳される)による学び以外でイリッチの理想を実現することはできない、ということか。
    →「社会の中での学び」である。イリッチは学校を廃止し、その後にラーニングウェッブを作ることを提唱している。なお、ここでいう「学校」とは〈フルタイムの出席を義務づける学校〉ということである。佐藤学を含め、いろんな学者が誤解している点なのでここで確認しておきたい。
     なお、本定義の仕方はイリッチとライマーとで同じであるようだ(親友のOからの受け売り)。

    ●「つまり個々人にとって人生の各瞬間を、学習し、知識・技能・経験をわかち合い、世話し合う瞬間に変える可能性を高めるような教育の「ネットワーク」をこそ求めるべきなのである。本書は、教育に関してそのようにものの考え方を逆転させてみるような研究をしている人々―および教育以外においても、確立されたサービス産業の諸制度にとって代わるもの(オルターナティヴズ)を捜し求めている人々―が必要とする概念を提供したいと思う」(2頁)
    →「個々人にとって人生の各瞬間を、学習し、知識・技能・経験をわかち合い、世話し合う瞬間に変える可能性を高めるような教育」とは、現在のネット空間をイメージさせる。以前ゼミで書いた(おそらく本投稿の次に張られる予定)〈ブログはラーニングウェッブたりうるか〉を参照。
    →この部分のポイントは「概念」という言葉である。〈イリッチは夢物語しか語らない〉という批判をする人が多いが「概念」についてを提供するために本書が書かれたのだからこの批判は当たらない。
    ●「私は、もしも社会の脱学校化が可能だという仮説を受け入れたならそのときに生じるいくつかの複雑な問題について論じようと思う。たとえば、学校を廃止してしまった後の環境の中で学習に役立つ制度を発展させなければならないが、その制度を見わける際の助けになる基準を捜し求めることとか、「余暇時代」—これはサービス産業によって支配されている経済機構のもとにある時代に対比される―の到来を促進すると思われる一人一人にとっての目標を明確にすることなどである」(pp3~4)
    →はじめ私は【「余暇時代」の学びとは生涯学習を指すようだ】と書いていた。けれど原文を見るとこの「余暇時代」はAge of Leisure(schole)と書かれている。schole(スコレ)に着目したい。これは「暇」を意味する言葉であり、だからこそ翻訳者は「余暇」と訳したのだ。学校schoolの語源となった言葉である。
     ギリシャの昔、学問は暇な自由人の「暇つぶし」の対象であった。暇で仕方ないからこそ学問に明け暮れたのだ。
     現在の学校は語源の逆である。「暇つぶし」でなく「いくことに意味がある」場所となっている(価値の制度化だ)。だからこそ、イリッチは学校を排してラーニングウェッブに基づく学び(それは社会の中での教育を意味する)を主張したのだ。本来の学校(スコレとしての)の復権を目指しているのである。
     だから日本語訳の「余暇時代」を見て〈あ、これは生涯学習のことだ〉と早合点してはならないのである(それにしても親友が原典をもってきてくれていて本当によかった)。

    全体を見てのコメント
    ●この「序」では、本書『脱学校の社会』の方向性についてをまとめている。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    帰り道で国際教養学部生の留学生がやたら薄着なのに目を奪われる。
    ひょっとすると、海外は日本以上に薄着がスタンダードなのだろうか?

    追記
    前にOも言っていたが、教育学者は『脱学校の社会』を意図的にか知らぬが誤解している。佐藤学でさえも『脱学校の社会』が〈学校の廃止〉を訴えた本である、と解説しているほどだ。けれど実際には〈全員が学校に行かなければならない〉ことを批判しているのだ。
    「解説」の欄を見よう。

    イリッチが「脱学校」という場合、すべての学校を廃止したり、あるいは学習のための制度のない社会をめざしているのではなく、むしろ学習や教育を回復するために制度の根本的な再編成を求めているのである。そこでは学校以外に選択の余地がなかったり、全員が就学を義務づけられることがなくなるのである。しかしそれは単に学校をめぐる形式のみの変化にとどまるものではない。もっと深く社会のエートスの変革にかかわることなのである。(221頁)

    フリースクールの定義

    フリー・スクールの定義について、調べてみよう。原点に返って。

    古典的なフリー・スクール(自由学校)としては、イギリスのニールが1925年に設立したサマーヒル学園が代表的であるが、1960年代から70年代にかけて数多く設立されたフリー・スクールは、様々な理念をかかげていた。白人中流階級の子弟を中心として、教育の自由、児童の要求を尊重するサマーヒル学園の系統のほかに、ヒッピー的な対抗文化や反戦運動・公民権運動などの政治的色彩を帯びた学校、労働者階級の自覚を求める学校、黒人生徒に学習経験を与える目的で設立されたもの(例えばニューヨーク市のハーレム・プレップ)、黒人に黒人固有の文化と意識を自覚させ、尊重させようとして設立されたもの(例えばミシシッピー・フリーダム・スクール)など多様なものがあり、1970年代半ばには、約2000校に及んでいた。いずれも生徒や父兄を学校運営に大幅に参加させる点で共通していた。しかしその多くは小規模な私立学校であり、父兄や篤志家からの寄付や薄給で働く教師によって支えられている面が強く、経済的に行き詰まるところが多い。平均して一年半しか持続できないといわれるが、既存の学校のあり方を、その原点に立ち帰って考え直させる存在となっている。(小沢周三ほか『新版・現代教育学入門』初版1982、新版1997、pp78~79)

    …歴史的文脈の中でのフリースクールはこんな感じです。公民権運動や反戦運動等、アメリカの激動の時代に生まれたのがフリースクールなんですね。ちなみに日本のフリースクールの草分けである東京シューレは1985年にオープンしました。

    『フリースクールからの政策提言』を読む ゼミ発表版 今後の方針について

    本日のゼミで、次の内容のレジュメを元に、話をした。議論に出たことは最後尾を見てほしい。
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    1、はじめに

     フリースクールは近代教育制度に対して懐疑的まなざしを持つ。「画一的・均一・規律的」な近代教育制度に対し、フリースクールは「多様性・自由」を重視する。目指すものが違うため、フリースクールについて調べるうちに、近代教育の〈気持ち悪さ〉が見えてくる。自分が自明視していた近代教育の短所が現れるのだ。
     近代教育制度とフリースクール。両者は違う価値観で動いている。従来、近代教育に慣れ親しんだ人びとがフリースクールについて何かを語ることはあっても、フリースクール関係者が近代教育制度に対して何かを語ることはあまりなかった。あったとしても、それが政策提言としてまとめられることは皆無であった。
     本年1月11日から12日にかけて、第1回日本フリースクール大会が国立オリンピックセンターで開催された。略称をJDEC(ジェイデック)という。この中で『フリースクールからの政策提言』(以下『提言』)が採択された。偶然ではあるが、私もこの場に参加していた(といっても、採択された12日ではなく、一般公開していた11日のみであった)。
     私はこの『提言』がいかなる理由で採択され、そしてどのような内容を持ち、どのように活用されていくのかについて調べてみようと考え、この研究を行うことにした。

    2、提言の目的と背景

    A 提言の目的

     まずこの提言は何の為に書かれたものであるのか。「はじめに」を見てみる。

    言うまでもなく、子どもの存在は多様である。その多様な子どもたちを受け入れる教育の場が必要であることは論を待たない。子どもは多様であるということを踏まえ、世界的にも、多様な教育の場を社会が認め支えていく流れがある。それでは、私たちの社会ではどのように多様な子どもたちを受入れる場を持っていくべきであるのかを真剣に問わなければならない。また、そのような場を親・市民の努力に頼るだけでなく、社会が支える仕組みを整える必要がある。

     この部分には⑴子どもは多様であるということ、⑵⑴ゆえに多様な教育の場を社会が認めるべきこと、⑶親・市民の努力だけでなく、社会が⑵の多様な教育を支える仕組みを作るべきこと、という3点が書かれている。

    B『提言』の出された背景

     『提言』より引用する。

    フリースクール等の活動が日本でさらに広がり、 深まるよう、2009 年 1 月、 JDEC( 日本フリースクール大会 ) をはじめて開催することになった。これにあわせて、私たちのフリースクール等での活動から見た教育や子どもの状況を改善すべく、すぐに実現にむけて取り組むべきことをまとめ採択したものが、この提言である。

     フリースクール等の活動の拡大のために書かれたものである。朝日新聞朝刊2009年1月19日付けには「多様な学びの場を学校と並んで教育制度に位置づけ、公的に支援することを求める政策提言」と書かれている。

    3、提言に示された精神性

     続いて、『提言』内に示された精神性についてを見ていく。
     『提言』は〈子どもの意思の尊重〉を重視している。学校があわなければ休むことを選択できるようにする・学校とは違う学びの場である「フリースクール等」(『提言』では「フリースクール、フリースペース、居場所、ホームエジュケーションのネットワークや訪問支援等の活動を含めて、『フリースクール等』と表示しています」とある)にいけるようにする等、さまざまな形態での「学び」重視を行っている。この背景には『子どもの権利条約』等の法規に示された、〈子どもの権利保障〉の実現、という考え方がある。不登校の子どもの意見を反映することなど、『提言』で示した政策提言の根拠を〈子どもの権利保障〉に置いているのである(このケースでは「意見を聞いてもらう権利」)。
     学校教育は教育基本法や学校教育法、文科省の学習指導要領や学校設置基準などに縛られて行われている。これらの法規はいずれも「教育はこうあるべきだ」「教育はこう行わなければならない」というスタンスで書かれたものである。学校教育はともすれば「あるべき教育像」を重視し現実の子どもたちを無視したものになる可能性がある。対して、『子どもの権利条約』等の〈子どもの権利保障〉を謳った法規は「あるべき教育像」より先に「子どもの権利を保障しよう」という立場から始まる。
     全体を重視するか、個を重視するか。学校教育と「フリースクール等」とでは教育に対する立ち位置が違う。日本国の教育の体制を定めているのが学校教育に関する法規である。フリースクールは子どもの人権保障の観点から語られるべきものである。

    4、提言の中身

    『提言』に挙げられた「すぐにでも実現すべき9つの提言」について列記する。

    ①フリースクール等の教育環境整備と運営安定化を図るための公的支援の実施
    ②教育行政・関係機関とフリースクール等との連携体制の促進
    ③フリースクール的な学校設立の促進
    ④学校復帰を前提とする政策の見直し
    ⑤教育行政や学校等の現場の対応改善
    ⑥在宅不登校に対する公的支援の実施
    ⑦子どもが相談しやすい環境づくり
    ⑧当事者の立場に立った医療への転換
    ⑨国や自治体等で取り組むべき課題

    5、まとめ

     フリースクールを始めとしたオルタナティブな教育は、今後の社会において重要な価値をもっている。けれど、今まではあまりフリースクールの視点から教育界への具体的な提言はほとんど出ていなかったように思う。その点で、今回の提言には重要な意義があると考えられる。
     
    6、参考文献

    フリースクール全国ネットワークWEB(https://www.freeschoolnetwork.jp/)
    中野光・小笠毅編著『ハンドブック子どもの権利条約』(岩波ジュニア新書、1996)

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    ゼミでのコメント
    ●この提言では、公的な支援を受けることを説明しているが、公的支援を受ける為には「基礎学力」の担保をフリースクールが行っている必要があるのではないか。確かにフリースクールは「自由」を重視しているが、このフリースクールで過ごすことが、社会に出たときに役立つのかどうか、疑問である。そうであれば、学習指導要領をひとまず守っている学校の方がいいのではないか。
     つまり、社会へ出る橋渡しの役割をフリースクールが果たしているのか、という点を考えていくべきだ。
    →次回はここを意識して研究していきたい。そのために進路先の状況等を個人に着目して(『学校に行かなかった私たちのハローワーク』などで)「顔の見える」研究にしていきたい。大体、「子どもの存在は多様」といってる割に、「多様な子ども」という抽象的な存在でしか話をしていなかった。もっとある個人の子どもの生活に着目した研究にしていきたい。
    →オランダはフリースクールを公的な支援の上で行っている。そのなかでは監査制度を持っていて、教育の質が確保されているかを確認している。
    ●フリースクールの研究を通し、いまの日本の教育に光を充てていくと面白いのではないか、とのご指摘。O先生よりいただく。話が壮大で、研究していくやりがいを感じた。

    『フリースクールからの政策提言』を読む③

     続いて、『提言』内に示された精神性についてを見ていく。
     『提言』は〈子どもの意思の尊重〉を重視している。学校があわなければ休むことを選択できるようにする・学校とは違う学びの場である「フリースクール等」(『提言』では「フリースクール、フリースペース、居場所、ホームエジュケーションのネットワークや訪問支援等の活動を含めて、『フリースクール等』と表示しています」とある)にいけるようにする等、さまざまな形態での「学び」重視を行っている。この背景には『子どもの権利条約』等の法規に示された、〈子どもの権利保障〉の実現、という考え方がある。不登校の子どもの意見を反映することなど、『提言』で示した政策提言の根拠を〈子どもの権利保障〉に置いているのである(このケースでは「意見を聞いてもらう権利」)。
     学校教育は教育基本法や学校教育法、文科省の学習指導要領や学校設置基準などに縛られて行われている。これらの法規はいずれも「教育はこうあるべきだ」「教育はこう行わなければならない」というスタンスで書かれたものである。学校教育はともすれば「あるべき教育像」を重視し現実の子どもたちを無視したものになる可能性がある。対して、『子どもの権利条約』等の〈子どもの権利保障〉を謳った法規は「あるべき教育像」より先に「子どもの権利を保障しよう」という立場から始まる。
     全体を重視するか、個を重視するか。学校教育と「フリースクール等」とでは教育に対する立ち位置が違う。日本国の教育の体制を定めているのが学校教育に関する法規である。フリースクールは子どもの人権保障の観点から語られるべきものである。

    追記
    方向性として、『提言』と『子どもの権利条約』との関係性についてを考察していこうと思う。そのため、『子どもの権利条約』に関連する法規(例えば『世界児童憲章』など)に一通り目を通しておこう。