じっくり学ぶ、ということ

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私は、じっくりと学んでいきたい。熟読すべき本、初めて読む分野の本は、意味を理解しようと読む。インターネットを辞書とする。そして血肉にするため、打っていく。ブログや書評にしていく。そうして、教育学の本質を捉え、自ら学校を作り、教育実践を本格的にしていきたい。

本屋に並ぶ「勉強法」の本は、こういった「ゆっくりとした学び」は意図していないようだ。「すぐに結果が出る」勉強、「試験に受かる」勉強本が流行する。『収入10倍アップの勉強法』なる本があるが、高度経済成長の時代でもないのに、あたかも「学べば収入が上がる」という風に思えてしまう。思うに、学んだ結果というものはそんなすぐに出るものではない。個人的思いだが、カネのためには勉強したくはない、と思うのである。学ぶのは自分のためである。その「自分のため」とは、純粋に貨幣のための学びではない。

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コメント

  1. kemonoehen_desu より:

    大学のタテカンに、

    「四年間の学費○○円、
    あなたは何を買いましたか?」

    なんてのがありましたね。見ました?

    生まれたときから、
    消費者意識が染み付いてしまってるのですね。
    ぼくらは。

    学校を、自動販売機だと思っている。

  2. 「学校を、自動販売機だと思っている」とはすごく興味深い表現ですね。

    大学は、誰かに何かをしてもらう場所ではなく、自分で作り上げるもの。こういう意識が必要なのかもしれません。

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