書くことだけが

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書くことだけがお前を助ける。

これは卒論を書くということに留まらない。

書くことにより、気分が晴れ、自分の考えがまとまる。精神的にも助けてくれるのだ。

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コメント

  1. kemonohen_desu より:

    「気分が晴れ、自分の考えがまとまる。精神的に助」かる、というのは、Ishidaさんにおける《書く》ことの目的のうち、第何義くらいに位置するのだろう?

    ちょっと気になったのです。

  2. 昔から「書く」ことに憧れがありました。常に読む側にしかいることの出来ない自分。これに不満があったのです。

    はっきりした理由はないけれど「書きたい」という表現欲求のようなものがある、と言えるのでしょうか。

    「書きたい!」思いに筆を動かし、キーボードを叩く。「書く」中で気分が晴れ、「書いた」結果自分の考えが整理される、ということだと思います。

    ・・・ちなみに「書くことだけがお前を助ける」はどこかの本からの引用です。何の本だったか…。

  3. kemonohen_desu より:

    よくわかりました!
    やむにやまれぬ思いが、ふつふつとある、といったところでしょうか。
    うらやましいです。

    そしてIshidaさんは、それを欲求で終わらせずに、ちゃんとカタチにしていけるだろうな、とも、たしかに予感します。

    …なぜぼくがこういう質問をしてしまうのかというと、(次元は結構異なってきてしまうのかもしれないけれど)国語や朗読なんかをぼくはねちねち考えてきたわけですが、そのときどうしても「表現行為における、受け手への配慮」というものを意識せざるを得なかった、ということがあります。表現することはたしかに《お前=表現者自身》をまず助ける。しかし《受け手》をも助けることは、けっこう難しいことなんだなあとここ数年で思い知らされました。

    《届く表現》とは、どういう表現か。ぼくのなかでは、まだこたえは出ていません。
    Ishidaさんの姿勢からも、学ばせていただこうと思っています。

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