過去の自分との再会

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昨日、自分の著作集をまとめていた。

自宅での試しコピーの際、裏紙を使用した。何気なく本文を見て驚く。
その裏紙は、私が1年生のときサークル内で発案した「早稲田大学合格体験記・記事募集のチラシ」であった。

昔の自分の行動を、こんな形で知ることになるとは…。ワープロ文の下に書かれた手書きの補足説明。稚拙な文字で恥ずかしくなった。

黒澤明が官僚制批判を行った映画『生きる』。その主人公を思い出す。かつての意欲を失った市民課長たる彼が、ハンコを拭くために引き出しから紙を出す。それは何十年も前に自分が書いた’役所業務の効率化私案’の文章であった。何の気無しにその束を破り、淡々と判を拭う主人公の姿が記憶に残っている。

過去の自分は乗り越えられるべき対象なのか。それを乗り越えた時が自分の成長と言えるのか。粛々とハンコを拭く主人公は若かりし自己を乗り越えたのか。

映画では主人公は「余命半年の間、死ぬ気で働き、市民の要望する公園建設を断固成し遂げよう」と決意する。そして奮闘の結果、公園が完成するのだ。

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