失敗と、その共有

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私は母校の寮でボランティアをしている。寮生のお世話をしたり、悩みを聞いたり、寮の運営の手伝いを行ったりする。

着任の日ではないが、昨日寮に行ってきた。寮生の激励をするためだ。高校生との話が興に乗り、夜中の2時半頃まで話していた。

…私と同じく寮の着任についていた私の一つ下の後輩に叱られてしまった。「寮生を早く寝かせてください! インフルエンザが流行ってるんですよ」と。

ああ、つまらない失敗をしてしまった、と反省した。

私は自分のボランティア先での失敗談を、特に回りに話さないできた。「伝わらない」と思ったからだ。しかし今日は周囲に話してみることにした。「後輩に叱られちゃったよ」と。そうすると、笑い話となった。それまで私は「なんで後輩に言われなきゃ…」と暗く考えていた。一人気にしていると辛くなる。けれど周囲に話すと気が楽になるし、「また決意してやっていくしかない」と考えられるようになった。

「どうせ周囲に言っても伝わらない」という自分の思い込みを排すことが大事なようだ。話すことで、自分がその事実を別の捉え方で考えられるようになるからだ。伝える努力をするのを私はすっかり忘れていた。

同じ事実なら、失敗は第三者的友人に話し、笑い話とした方がいい。「何で俺だけ…」「後輩に叱られたよ…」と落ち込むよりは。事実は見方次第で価値が変ってくるのである。それに「暗いよりは明るい方がいい」のである。

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