存在するものを、しないかのように扱う

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存在するものを、しないかのように扱う。これらは、悪に通じている。

近くは我が家の空き缶・ペットボトル、遠くはナチスのホロコースト。存在しているのにも関わらず、しないかのように扱うとき、例えばペットボトルは回収する意識にならず、「コンビニ行ったとき、ついでに捨てよう」という安易な考えになる。

また、スケジュール帳に勉強する時間も書かないで「絶対、この資格を取ろう!」と決意しても実現できるわけがない。本来、学習には時間というリソースが必要だ。けれどそれを自覚しない上で決意しても何にもならない。

存在するものを無視しない。これにつきる。

追記
例えば自分が何らかの役職をもっている。その役職には部下や後輩がいる。その際、自身の役職の権限を放棄して担当する部下たちを「存在しないかのように」扱う。これは悪であろう。

再記
この文章を膨らませて、ちょっとしたエッセイを書く予定。

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