刈谷剛彦『学校って何だろう 教育の社会学入門』

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 いい学校に入学できたのは、自分が一生懸命受験勉強をしたせいだけではありません。受験勉強が許される境遇にあったことも、学校での勉強で有利になる家庭に育ったことも、見えないところで貢献しているのです。
 ところが、個人の努力が強調される日本の社会では、どんな家庭に生まれたかではなく、自分がどれだけがんばったのかが、成功のもとだと考えられています。それだけ、自分の成功を自分だけのものだと考えやすいのです。しかし、実際には、どんな家庭に生まれたかが、学校での成功にある程度影響しています。(pp218~219)

 松下幸之助は例外にすぎない。予備校教師で人気の吉野氏も、例外である。ほとんどは①大学に行くのが当然視される環境で、②周囲にも大学にいくことの賛同を受けていて、③塾や予備校・参考書代を捻出する経済的余裕があり、④勉強しやすい環境が整備されている、という条件に適う者のみがいわゆる一流大学に合格するのだ。「自分は実力でいまの立場(一流大学卒の学歴)を手に入れたのだ」と。
 
 「ブスとバカほど東大に行け!」で有名な漫画・『ドラゴン桜』。主人公の高校生男女二人は、いきなり現れた弁護士に「お前を俺が東大に行かせてやる!」と言われその気になった(①の要件)。友人や家族・教員からそれなりに期待されはじめ(②)、「最強」の講師と参考書などは用意され(③)、特進クラスのため少人数授業プラス学習室にもなる教室を整備された(④)。ある意味、「受かりやすい」環境に身を置くところから東大合格の戦いは始まったのである。東大合格を勝ち取ったとき、本人たちの努力もそうだが「環境整備」ということも合格の要因となるであろう。

補足
 ①について。和田秀樹は『受験は要領』のなかで、母校・灘高校の話をする。灘の連中は「ぜったい、無理だろ」というような人も東大を受験する。東大を受けるのが当然の環境にある。だからこそ臆することなく受験し、合格していく、と。

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