抜粋集『21世紀の教育と人間を語る』(第三文明社、1997)

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以前、「21世紀」という言葉には無限の輝きがあった。夢と希望があふれる社会が、21世紀に実現されているはずであった(はからずも「20世紀少年」や「クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲」にはかつての「希望あふれる21世紀」が語られている)。
けれど、いまの世の中は決して輝かしいものではない。20世紀後半にとって21世紀は輝かしい未来。だから「将来のために今頑張ろう」と考えていた。いまの世に、かつて「21世紀」という言葉で示された「輝かしい未来」を意味する言葉は存在しない。
そんな時代だからこそ、「将来は明るいのだ」という信念を持ち続けることが必要なのではないか。今回の抜粋分には、そのような「希望」が綴られている。
希望がない社会だからこそ、「こんな世の中だから仕方ない」と思うのでなく、「自分が希望ある社会をつくっていくのだ」というポジティブな行動を行っていく必要があるのではないか、とおもう。
時代はどんどん変化しているのです。「競争社会」から「実力社会」へ、そして二十一世紀には、必ず「人道社会へ」と動き始めることでしょう。(中略)人道的な行動が、価値を持つ時代です。子どもに対しても、社会全体が、人道的にやさしく包み込むことが必要でしょう。
「不登校の体験が人生の大きな宝になった」「家族の絆が強くなった」「学ぶことの本当の意味が分かった」という多くの体験も聞いています。
 不登校になったからといって、子どもを責めたり、自分の子育てが悪かったと嘆いても問題解決にはならない。貴重な体験をしていると思ってください。人生に意味のないことなど何もないのですから。(220頁)
 
学校に通うことが目的ではないのです。
 学ぶことが目的です。力をつけることです。他人のために尽くすことです。
 本来、人間にとって、学ぶことも、教えることも、喜びであるはずです。この喜びがあるところ、「学校」は生まれるのです。(中略)
 学ぶことは「喜び」であり、学ぶことは「権利」です。たとえ、大人たちが作った学校という制度が悪かったとしても、それに負けて「学ぶ権利」を放棄するのは不幸です。
 青春の時、社会に出ていく時、結婚する時など、人生には、さまざまな「時」があります。それを一歩ずつ進んでいくのです。
 その「生きる力」の源泉となるのが、学ぶことです。学びは一生です。人間は、死ぬまで学び続けるのです。
 ゆえに一歩一歩でいい。どうしても学校に行けなければ、家で一歩一歩、進むのです。
 一歩一歩、進めば、悩みの向こうから、必ず何かが見えてきます。
 お母さんも、そしてお父さんも、家族の皆が、お子さんといっしょに進んでください。
 歩みを止めなければ、必ず勝利の日が来るのですから。(278~280頁)
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