佐々木敦『ニッポンの文学』を読む。

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お笑い芸人・ピースの又吉直樹さんが芥川賞を取ったこと。
昨年2015年、とても話題になりましたね。

文学とお笑い。
つながらないと思われていたような2つがつながる面白さ。

話題の裏にはそんな要素もあったように感じます。




 

今日取り上げる『ニッポンの文学』は、
早稲田大学教授・佐々木敦の『ニッポンの〜』シリーズの3冊目。

ニッポンの思想』(浅田彰から中沢新一、宮台真司に東浩紀が続く流れの説明、とても分かりやすいものでした)、
ニッポンの音楽』(音楽に興味ないので、まだ未読)ときて、
ニッポンの文学』となります。

思想・音楽・文学という「テーマ史」から、
いまの「ニッポン」が見えてくる興味深いシリーズです。

 

2Q==☆『ニッポンの文学』。こちらからもお求め頂けます。

エピローグの中において、
著者は「テン年代」(2010年代)に起きた文学史上の出来事が
「文学」を飛び越え/解体していく様子をあげています。

ここから引用を始めますが、「テン年代に入って起こった三つの出来事」は引用後半を読むと分かるようになっておりますので、念のため。

テン年代に入って起こった三つの出来事は、いずれも「芥川賞」と「文芸誌」の乗算によって構成される「ニッポンの文学」という「制度」の現在形を映し出すものです。黒田夏子は「新人賞」としての芥川賞の意味と価値を問い直し、阿部和重と伊坂幸太郎の『キャプテンサンダーボルト』は「文学」と「エンタメ」の二項対立に楔(くさび)を入れ、又吉直樹の「火花」は「文学=芥川賞」に「外部」をこれまでにない仕方と規模で持ち込みました。これらはどれもこの何十年かの間にさまざまなレイヤーで進行してきた「文学」なるものの絶えざる相対化が行き着いたさまを示しています。
もちろんこのプロセスはこれで終わりではないでしょう。今後も「ニッポンの文学」は果てしなく相対化されていくだろうと思います。(315-316ページ)

☆乗算・・・かけ算のこと。

格式張った「文学」が、だんだん崩れていく様子が描かれています。

(あまり「純文学」という言葉も使わなくなりました)

その崩れた「文学」に対し、新たな表現・切り口を出していくことで
「文学とは何か」再定義されていくのです。

そういう意味で、「これから」の「ニッポンの文学」が、
「文学」をどう料理していくか、楽しみになってきます。

さて、なぜ『ニッポンの文学』を読んでいるのかというと、
来月以降「札幌カフェ」で土曜日に行っていくイベントの「下調べ」のためでもあります。

それは、「札幌をラノベの聖地にしたい!」という目標のもと、
活動している団体と知り合ったからです。
(ラノベ・・・ライトノベルの略)

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☆Facebookページはこちら。「いいね!」してね!

 

札幌カフェのイベント。

単に「騒いで終わり」なのではなく、
「北大」のとなりにあるゆえの「文化性」を発信していきたいと思っています。

 

 

 

 

 

そのために、まずは私も勉強しないと・・・・。

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