レストランの比喩。

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 何を食べるかを決めるのはレストランの側が「食べてもらいたい」人だろうか。そうではない。何を食べるべきか決めるのは、あくまで客である。
 同様に、「学ぶ」内容を決めるのは学ぶ人である。学校に行っている/いないに関わらず、あくまで「学びたい」ことを学ぶべきだ。

 その昔、フリースクール関係者が『脱学校の社会』を読み合った時代があった(80年代ごろ)。その際「学び(教育)の主体は誰か?」という読み方をしていたそうだ。「学ぶ」内容を決めるのは国家ではなく、学びたい人ではないか、という読み方である。
 国家は教育主体ではない。主体性を持つべきはあくまで「知りたい人」「学びたい人」である。
 
 …こんな話をシューレ大学の朝倉さんに伺った。
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