「教育化」される社会。

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 現在は教育が産業になる時代。あらゆることが教育に結びつけられる。例えば中学受験。昨年のプリジデント・ファミリーでは「父親力」なるものが要求されている。父親として子どもを適切に褒めたり叱ったりする力のことを言うらしい。

 現在、個人のあらゆるエネルギーが教育的価値の実現のために使役させられる時代になっているように思われる。

 カントは確かに〈人間は人間に教育されなければ、人間になれない〉と言った。それゆえ、親は子どものために/教師は生徒のためにひたすら自己犠牲的に教育に徹することが美談とされている。

 城山三郎の小説『素直な戦士たち』を思い出す。子どもを東大に入れることを夢見る女性が、そのためだけに結婚・出産し、徹底的に「東大に入れる」ために教育を行う。そのために徹して自己犠牲。「願掛け」として化粧を絶ち、子どもの教材には金を惜しまない母親像。これ、子どもからすると相当な負担である。親がそこまで「自分のため」にしてくれるのを見ていると、押しつぶされるほどのプレッシャーを感じる。

 昨年話題となった『東大合格生のノートはかならず美しい』(太田あや)には、「家族力」で合格した受験生の姿がドキュメントされている。タイトルもズバリ「『家族力』があったから東大に合格できました」。「合格へ向け家族一丸となる」という言葉が紙面に踊る。車いすに載った祖父も両親も、子どもの東大合格をあらゆる点でサポートする。家族全員の記念写真に写った笑顔。それを見て、急に怖くなった。もしこの受験生が不合格だった場合、家族ははたして成立しているのか、と感じたのだ。現在の『素直な戦士』であるように感じた。

 子どもの教育のために一生懸命働く親の存在。これは美談である。教育熱心な人は賞賛されるばかりで非難されることはない。しかし、この姿は同時に、教育のために人々が犠牲にされている姿の表れでもある。よく考えると悲しい光景だ。子どもの教育を行うために、人々から「自分」がなくなっていく。シングルマザーの出てくるドラマにも「あなたが居なければ再婚できるのに」と子どもにつぶやくシーンが印象深い。

 『子どもからの自立』(伊藤雅子)という本にも、この考えがあらわれている。子どもの教育に熱心な母親という「母性賛美」。社会は「母性賛美」をすることで、母親たちに子どもの教育のために自己犠牲をすることを強制している。そのため「母性賛美に陥れられることなく、追い込まれた道を自分の選択だとたぶらかされることなく、女の向上心や生真面目が巧妙に搦(から)めとられる危険を見ぬいて、自分の人生を生きる」(ⅷ頁)ことが必要なのだと筆者は語る。

 魯迅の言葉にこのようなものがある。〈若者の育成のために血を垂らすことは、我が身を削ることになったとしても楽しいものだ〉。「教育の持つ輝き」を信じていた頃、この言葉を感動して私は受け止めていた。しかし、今の私にはマゾ的行動のように思ってしまう。

 教員も親も、一般的に優しい。ゆえに軽々しく他人(子ども)の犠牲/他人の手段になってしまう。この傾向は正しいのだろうか?

 M・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において、プロテスタンティズムの教義が人々に働くことを「人生の目的」と規定するようになった、と説明する。人々のあらゆるエネルギーや時間が「労働」にかけられていく。「世俗内禁欲」を訴え、人々が欲望の充足をすることなくひたすら労働に意識をかけるようになる。いまの社会はすべてが教育に結び付けられ、教育的価値の実現のため簡単に自己犠牲が説かれる。皆が「美談」と感じる。…冷静に考えると、おかしなことではなかろうか。

 教育が重要だと言えば言うほど、あらゆるエネルギーが教育に一本化される。エネルギーの提供側はいつまでたっても自由になれず、教育される側はあらゆる教育者の「期待」に応える必要がある。私も言われてきた。「いまの日本社会の問題の解決は君たちにかかっている」。今まで教育されてきたのはそのためかよ。いささかの苛立ちを感じてしまう。

 こんな私もやがては学校教員になるだろうし(院生が生活していく一番手っ取り早い方法)、結婚したら子どもを持つことにもなるだろう。そのときに、「子どもの教育が大切だ」と考え過ぎると、「自分」の生活が無くなってしまうような気がしてならない。けれど、誰もそれを真面目に考えようとしない。私のような発言は「クレイジー」として片付けられてしまうのが、いまの日本の悲しい点である。

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