『広辞苑』各版にみる、「内職」の意味の変遷

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 筆者は学校における「内職」をリサーチしている。そのため、過去の「内職」という言葉の使われ方を調べるため各種雑誌を調査中である。
 『蛍雪時代』1948年2月号「巻頭言」に、「学生と内職」というタイトルの文章がある。内容を見てみると、「内職」は現代の授業中に行う授業に関係のない学習としての「内職」の意味ではなく、学費を稼ぐための「アルバイト」の意味であった。
 試みに、この『蛍雪時代』から7年後に出た『広辞苑』第1版(1955)における「内職」の欄を参照してみよう。

【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職以外に営む生業。③女などが家事のひまにする賃仕事。④アルバイト。

 「巻頭言」における「内職」は「④アルバイト」の意味にあたる。文中を見ると次のように書かれている。「生活費の向上、中産階級の没落は学生の生活をいよいよ苦しいものにして、新聞などの報道によれば半数以上七割迄が何等かの意味で学費の全部又は一部を自分の手で働き出していると云う」。そして「本当の意味で生活と学問の両立は困難」との記述につながっている。
 また本文冒頭を見ると「昔は学生の内職と云えば御上品の所では家庭教師翻訳の下請、一般向の所では新聞配達と相場が決まっていた。所が最近は学生もなかなかくだけて来て、その帽子なえ見なければ本職と間違うことがある」と書かれている。このあたりは竹内洋『立志・苦学・出世』や天野郁夫『試験の社会史』『学歴の社会史』に描かれた「苦学生」同様の構図である。しかし、ここで注目すべきはこれら「苦学」は「内職」として扱われていた、ということだ。当時、働きながら学ぶ、あるいは学費を稼ぎながら学ぶということは「アルバイト」を意味する「内職」と言う言葉で形容されていたわけだ(なお「巻頭言」の原文は全て旧かな・旧漢字であるが読みやすさを重視した)。

 学校における「内職」の問題という言説は、本来この『広辞苑』第1版における④の意味であったことを確認することができた。ここで次のような仮説を立てることができる。それはもともと学校における「内職」とは、④を意味したのであるが、時代が下るにつれて②や③の意味に変更してきたのではないか、という仮説である。次にこの仮説を検討するため、『広辞苑』の第2版から現在の第6版に見る「内職」の定義の変遷を確認してみよう。

『広辞苑』第2版(1969年)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助のためにする仕事。③主婦などが家事のひまにする賃仕事。

→③における「女など」が「主婦など」に変更し、④が消滅している。

『広辞苑』第2版補訂版(1976)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助のためにする仕事。③主婦などが家事のひまにする賃仕事。

→2版と変化なし。

『広辞苑』第3版(1983)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助のためにする仕事。また、主婦などが家事のあいまにする賃仕事。

→②と③が一文に。また、「ひま」が「あいま」に。

『広辞苑』第4版(1991)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助などのためにする仕事。また、主婦などが家事のあいまにする賃仕事。「−でやっと生活する」③俗に、授業中・会議中などに行う他の仕事。

→授業中の「内職」の意味、初登場。②に用例が追加される。

『広辞苑』第5版(1998)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助などのためにする仕事。また、主婦などが家事のあいまにする賃仕事。「−でやっと生活する」③俗に、授業中・会議中などに行う他の仕事。

→4版と変化なし。

『広辞苑』第6版(2008)
【内職】①奥向の職。後宮の職務。②本職のほかに家計の補助などのためにする仕事。また、主婦などが家事のあいまにする賃仕事。(歴史的な用例が追加)③俗に、授業中・会議中などに行う他の仕事。

→②の用例が変更。

 現代の我々が認識する「内職」という意味が『広辞苑』に追加されたのが4版(1991)でからであるということが分かる。また、こうしてみると、「内職」にあった「アルバイト」の意味は次第に消滅していき、「内職」という言葉に第1版の②や③がイメージする「本業以外に営む」ニュアンスが強くなって行くことがわかる。第1版における②や③の意味が一カ所に集約されたのち、この部分のイメージを広げる意味合いで「俗に、授業中・会議中などに行う他の仕事」という意味が付与されてきたことも読み取ることができるであろう。
 おそらく、学生をめぐる環境が『蛍雪時代』1948年2月号「巻頭言」から時代を経るにつれて、日本が「豊か」になっていったことが「内職」の意味が変わって行く理由であったのだろう。「豊か」になるにつれて、「内職」という言葉から「働く」意味が減り、主婦の「内職」のように陰で「本業以外に営む」行為という意味が強くなって行ったのであろうと推測することができる。

 なお、「巻頭言」原文(全)は次の通り。執筆者名は記されていない。

「學生と内職」
「近頃特異なる風景の一つに學生の商賣がある。昔は學生の内職と云えば御上品の所では家庭教師飜譯の下請、一般向の所では新聞配達と相場が決まつていた。所が最近は學生もなかなかくだけて來て、その帽子なえ見なければ本職と間違うことがある。生活費の向上、中産階級の沒落は學生の生活をいよいよ苦しいものにして、新聞などの報道によれば半數以上七割迄が何等かの意味で學費の全部又は一部を自分の手で働き出していると云う。學生が働く事は良いとか惡いとかは論外として、必要に迫られているのだと云えばそれ迄であるが、本當の意味で生活と學問の兩立は困難である。世界の文化や國家の運命が青年の教育の如何にかゝつているのを想う時、これを一つの特異現象として見過ごして良いであろうか? あらゆる意味に於いて學生には生活の安定は與えられなければならないと思う。と同じに學生には學問に對する眞摯な努力と高邁な道徳性とが要求されなければならないと思う。若し文化國家と云うようなことを平然口にする勇氣があるならば國家も社會も學生を本當に立派な學生にする義務がある。」

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